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ニューヨークで起業したきっかけを教えてください。 |
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ニューヨークに来たのは1978年。結婚してすぐに、何の知り合いもあてもなく2人でバックパックでやって来て、1年だけのつもりがグリーンカードをとれたのをきっかけに3年目に永住を決意しました。
永住を決意したとき、自分は何ができるのか、何がしたいのか、とにかく自分にできること、できないこと、知っていることを紙に一つひとつ書き出してみました。できないことは、お金がない、英語もできない、社員として働いた経験がない。そして知っていることは、それまで日本食レストランなどで働いていましたので、レストランのことなら知っているなあと。
こうやって自分の考えや状況を紙に書いて整理することはとても大切です。言うなれば自分の棚卸ですね。このときは3日間まるまる熟考しました。ニューヨークに来てからは、とにかく生活で精一杯。まるで振り返る余裕がありませんでしたが、自分の棚卸をしてみると、昔から日本文化が好きだったこと、茶道(10年)、弓道、華道(13年)、着付け(10年)などを習いながら、いつか外国で日本の文化を発信したいと考えていたことを思い出しました。そうするうちに、ニューヨークのレストランに日本食器を売れないかと考え付いたのです。
まずはサンプルを見せようと、レストランのチップで貯めた2,000ドルを元手に、日本から食器を取り寄せました。実は私は子供の頃から陶器が好きで、お小遣いをもらうたびにデパートののみの市などで食器を買うという変な子供で(笑)、食器を見る目は肥えていました。早速カタログを取り寄せ、有田焼のサンプルを購入。それからは、レストランで働きつつ昼休みにアポ取りの電話をかけ、仕事が休みの日にはレストランやデパートにサンプルを見せに行くという生活が始まりました。
レストランと掛け持ちではありましたが、最初からビジネスとしてきちんとやった方がいいとアドバイスをいただき、弁護士を紹介していただいて、最初の3年は個人事業として活動。その後コーポレーションを設立しました。
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どのように会社を広げていきましたか |
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最初はひたすらサンプルを持って回っていましたが、どこかに卸売り会社があるのではと電話帳を見ると、「225
Fifth Ave」という住所が多いことに気づきました。何かがあるに違いないと、13階建のビル全フロアを上から覗いていき、東洋系の食器を扱う日系三世のSales
Rep の方に取り扱ってもらえることになりました。この方は後々までよいビジネスメンターとなり、ギフトショーでマーケットを開拓することができました。
そうこうするうちに半年で送金額が1万ドルになり、それを日本の仕入れ先に送って追加注文をすると、きっとすぐにやめると思っていたのでしょう、その方たちがびっくりしてNYまでやって来ました。そしてオフィスもなくウェイトレスと掛け持ち仕事という状況を見て、7%の金利で2万ドルを2年間貸してくれることになり、ショールームと一体型の800sqftのオフィスを借りることができました。1982年の2月に会社を興した翌年の29歳の時です。
最初の3年半は卸売りとレストランへの直販を行っていました。しかし卸売りでは日本の大企業など競合も多かったのに比べ、レストラン直販のマーケットはまだ競合が1社だけ。そこで、デパートや小売店への卸売りを思い切ってやめる決断をしました。ここが私のビジネスの大事なターニングポイントです。
時間と資金は限られています。それをいかに効率のいいところに使うかが重要です。卸売りは一般家庭向き商品であり、レストラン向きの商品とは全く異なります。卸売りを切るという選択は、私が昔から1件1件お客さんを回ってきたからこそできたことですし、会社が生き残ってくるための正しい道だったと思います。
実際にお客さんに会って現場を見ると感じるものがあります。トレンドも分かりますし、競合他社の様子も分かります。肌で感じて、どうやったら売り上げが伸びるか、どうしたら生き残れるかと考えるのは大事なことです。特に私はセールス・会社運営について相談できる相手がいませんでしたから、ひたすら現場を見て、お客様のニーズを理解しマーケットのトレンドの一歩先を提案できるように心がけてきました。
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苦労したことと、それをどう克服したかを教えてください |
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最初の波は91年の湾岸戦争です。売り上げは6割減。住まいは安いところに引っ越し、オフィスとショールームも倉庫の中に移し、従業員にもやめてもらい、コストをすべて半分にカットして何とか乗り切りました。ですが、今度は94年に離婚をすることになりました。
子供を持つ女性が仕事をする場合、子育てと仕事の両立で一番苦労します。時間的にも精神的にも、大変なところです。私は離婚してベビーシッターも雇えずに、子連れでお客様のところに行って恥ずかしい思いをしたり、また子供を倉庫のような汚い所に連れて行かなければならず、子供にも申し訳ない気持ちでした。当時金利は11.9%まで上昇し、円高なども重なってビジネスは借金だらけだというのに、子育てがあるため仕事に自分の力を100%注ぐこともできない。本当に辛い状況でした。
ところが、ある日、いつものようにオフィスに子供と行ったときに「まりはママと一緒のこういうのがいい」と子供が言ったんです。この一言で涙が出てきて、常に張り詰めていたものが吹っ切れました。あるがままを受け入れて、その中でどうやったら乗り越えられるかだけを考えて、やれることを精一杯やろうと目が覚めた思いでした。精神的に吹っ切れたことでビジネスも持ち直し、99年には再び借金ゼロに戻すことができました。
人間は悩み、苦しみを経験せずには何事も成し得ないと思います。私も離婚と子育てからいろいろと学びました。困難を一つ乗り越えるたび、自分の心が自由になり、いつでもKorinを立ち上げた時、サンプルを持ってレストランを一軒一軒回った原点を思い出そうと考えるようになりました。
次の波は2001年の同時多発テロ事件です。オフィスがあった場所は1年以上凍結され、商品の発送はおろか、オフィスにも10分しか立ち寄れないという状態でした。4,500人のお客さんに毎週英語・日本語でニュースレターを送り、会社の状況を欠かさずお知らせすると同時に、お急ぎのお客さんには日本から航空便で品物を送ってもらいました。もちろん送料を負担するので赤字になります。それでもお客さんをつなぎとめようと必死でした。そういう努力の結果、2002年には徐々に回復してきました。厳しい状況ではありましたが、その前に大きなハードルを乗り越えた経験で、心構えや危機への対処の仕方も身についたのだと思います。
私は、どんな苦労も自分がしっかりしていれば克服できると信じています。心の持ちようをいつもポジティブにすることが一番大切です。「これ以上はがんばれない、もう無理」という絶望を感じることは誰でもあります。自己嫌悪に陥ることもあります。そういった葛藤や波と闘い、くじけずにモチベーションを保つ努力が必要です。
私の場合、落ち込んだ時には自分よりもっと頑張っている人に会いに行ったり、人生をAccomplishされた人の本を読んだりします。自分より努力している人を見ると、自分はまだまだ足りないと思うことができます。人でも本でも、自分の気持ちを上向きにできる存在を用意しておくといいですね。
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これから起業する方へのアドバイス、やっておく方がいいこと |
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1. 自分の棚卸
私が設立当時にやったように、自分にできること、できないこと、持っているもの、持っていないものを書き出して、自分は何をしたいのかをじっくり考えてみてください。
本当に自分がやりたいことか、一生かけても悔いの残らない夢なのか、パッションがあるのか、熟考してください。世の中のトレンドや市場性も大事ですが、それは決め手ではありません。夢とパッション、自分の最終ゴールを、何かラフでもいいので絵に描いてみることをお勧めします。
2. 最初から正式に
自分の夢がはっきりしたら、最初から法的にもアドバイスを受けて、正式にビジネスとして立ち上げる方がいいでしょう。いい先輩、メンター、アドバイザーを見つけて、たくさん情報を集めてやってみてください。
3. マーケットをよく見る
マーケットの動向をよく見てください。自分の規模が小さいなら、ニッチ、スペシャライズなところや、理想的には競合他社と重複しないビジネスモデルを考えるべきです。それにはお客さんと直接会って話し、マーケットを自分で感じることが大事です。これは常に意識してください。
4. ネットワーキング
私は同時多発テロ事件の後に初めて、アメリカのさまざまな支援制度を知りました。女性やマイノリティの会社には政府からのサポートもあり、それらの制度を利用すれば大企業とアカウントを持つことができます。どの分野でも業界団体があり、その団体の活動や勉強会に参加すればネットワークを広げることができます。
私は起業20年目にして知りましたが、それ以降はあらゆる場に顔を出し、スポンサーになったりレクチャーを引き受けたり、積極的に参加しています。しかし最初から参加していれば立ち上がりも早かったでしょう。情報は金です。そういう場所でメンターや仲間も見つけることができますので、ぜひチャレンジしてください。
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現在の活動 |
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28年間アメリカでやってきましたので、何かしらアメリカ、特にフード業界へ恩返しをしたいという思いから、GohanFoundationというNPOを立ち上げました。日本の食材、包丁、食器をもっと使ってもらうため、日本のメーカーにスポンサーになってもらい、アメリカのレストランの方を日本にお連れしてあちこちに紹介するなど、日米双方の出会いの場をつくる活動をしています。具体的な活動としては、年に一回は日本でイベントを行ったり、日本食と他のジャンルとのレストランの交流なども行う予定です。
私たちの最終ゴールはアメリカ社会に貢献することです。そしてそれが結果的には、日本のプロモーションになり、日本の利益になると信じています。
【2006年8月】
写真提供:Korin Japanese Trading Corp (※印を除く)
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■会社情報
Korin Japanese Trading Corp. |
住所: |
57 Warren Street,
New York, NY 10007 |
TEL: |
212-587-7021 |
設立: |
1982年2月 |
| Website: |
http://www.korin.com |
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