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ニューヨークで起業したきっかけを教えてください。 |
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日本で大学を卒業後、会社に1年半だけ勤めたことがあります。でも、どうも合いませんでした。チャレンジ精神旺盛な私は、やりたいこと、アイデアがたくさんあったのですが、会社に勤めていてはできないんですね。それで日本でフリーランスのプログラマーをやっていました。プライベートでもチャレンジが好きでフリーランスの傍ら世界中を駆け巡り、それも日本人があまり行かないようなアフガニスタンなどをガイドブックもほとんどない時に旅行し、言葉が通じなくても全然平気でした。本当はニューヨークにも来たかったのですが、何せ1ドル360円時代なので物価も高く、来ることができませんでした。その時、私のお客さんがニューヨークに支店を出すというので、前々から誰もいなければ自分がニューヨークに行きますよと話していたところ、行ってくれとの話になり、私がその会社のアメリカの責任者として派遣されることになりました。これが86年の時です。
ニューヨークに来たら、とにかく空気も水もあう。これは俺の街だとピンときました。プライベートでも充実してましたし、何より日本では分からなかったITの問題がアメリカでは解決されるんです。自分はもともとITの世界から来ているので、日本より5年は進んでいるそのIT技術に感動を受け、またチャンレンジする空気があるニューヨークでやってみたいと思いました。
駐在といっても本当にイチからの立ち上げでしたので、右も左も分からないアメリカで立ち上げるのはとてもやりがいがあり、いい経験ができました。このときの経験があったから、自分の会社を立ち上げる時はスムーズに運びました。
そういう流れで91年、42歳の時に独立しました。自然な流れでした。家族に話しても「好きなようにやって」と賛成してくれましたし。
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設立の作業や費用などはどうされましたか? |
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ちょうどその時にグリーンカードの申請をお願いしていた弁護士先生に相談したところ、簡単だから1,000ドルでやってくださると聞いて、お願いしました。
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実際に何のビジネスを始めたのですか? |
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起業した時は子供も2人いましたし、家族でセントラルパークで寝るわけにもいきません(笑)。まず家族を養える金額を毎月安定して稼ぐにはどうしたらいいかと考えて、人材ビジネスをやろうと思ったのです。ニューヨークにフリーランスはいっぱいいるので、そういう人たちを新聞などの募集で集めて日系企業に派遣しようと。
当時、日系企業はバブルの延長でメインフレーム時代でしたから、今と違って「すぐ5人必要」などという大型プロジェクトが多く、人材のニーズがありました。日系でこういうビジネスをやっている会社はなかったので駐在の時からニーズを感じていて、これならいけるだろうと思ったんです。自分がやりたい仕事というよりは、手堅く稼げるだろうと思ってはじめました。
人を集める手段は新聞しかありませんでしたから、ニューヨークタイムズや中国語の新聞、日本語の新聞、インド系の新聞などにとにかく広告を出したところ、結構人が集まりました。 |
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IT出身で、人材という違う分野の仕事を始めることにご苦労はありませんでしたか? |
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それは全く問題ありませんでした。私は人と知り合いになることがとにかく好きなので、インド人でも中国人でも、それらの国々の言葉をカタコトはなすことができるので、面接するとすぐに打ち解けます。そしてその人たちを企業に派遣する。ライバルがいなかったので次から次へと注文が入り、うまくいきました。 |
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ずっと順調だったのでしょうか? 苦労された点などありますか? |
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最初の数年間は本当に順調でしたが、95年頃からバブル崩壊の影響で商社も銀行も撤退、日系企業の数がどんどん減っていき、人材のニーズも減ってしまいました。それで95年にインターネットが商業化されたのをきっかけに人材ビジネスを縮小しました。
その後はあらゆるビジネスにトライしました。ほとんどは個人向け、BtoCのビジネスで、ブランド品のオンラインショッピングサイト、観光ガイド、ニューヨーク情報サイトなどなど。でもやっては失敗、やっては失敗の連続で、結局残ったのは今の「MJボード」という掲示板だけです。その時までに人材ビジネスで稼いだお金をほとんど使ってしまいましたね(笑)。これが最初の壁でした。
そしてすぐコスト削減を徹底しました。オフィスの掃除は自分でやり、裏紙を使い、電話線を減らしました。そして融資を受けようと思ったのですが、日系の銀行は日本に親会社もないこちらの地盤の会社にはなかなか貸してくれません。その点アメリカの銀行は、担保ではなくビジネスを見て、貸してくれるんですよね。向こうから借りませんかと話を持って来て、5万ドル、10万ドル単位でローンを借りました。
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その後はどのように広げていったのですか? |
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人材ビジネスをやっていた時に、色々な企業からホームページ作成、データベース構築を頼まれたりしていたので、企業向けのサービスは別の会社をたててやろうということで、2000年に別会社EBPassを設立しました。
Media Japanは個人向けサービス、EBPassは企業向けサービスという風に分けています。EBPassは主にEビジネスのコンサルティングや開発ですが、これがいけると思ったのは、Media
Japan の時にすでにお客様の声を聞いていたからです。アメリカは広いからうまくサイトを使ってコンサルティングすれば、うまくいくと思ったのです。
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立ち上げる時からの資金繰りについて教えてください。 |
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最初の資本金は30万ドルでした。
設立時は、とにかく半年は家族を養えるようにしようと明確な目標をあらかじめ立てていました。半年もたてば何らかの収入はあるだろうと、10万ドル用意しましたが、結局は設立当初にエンジェルから30万ドルの投資を受けることができました。このエンジェルは、駐在時代のコネクションからです。それで自分の10万ドルはプールしました。この30万ドルも後で色をつけてきっちり返しましたので、今ではまた100%自分の会社です。
その次のEBPassのときは、日本のベンチャーキャピタルから140万ドル集めました。10社くらいのベンチャーキャピタルを周りました。もとは500万ドル集める目標だったんですけどね。目標は大きくしないと。これも後で色をつけて返しました。今では70%の持ち株です。
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今振り返ってみてやっておけばよかった点や反省点などありますか? |
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MediaJapanで試行錯誤している期間にあらゆるビジネスモデルに資金を投入しましたが、本当に失敗が多かったです。10のうち9は失敗したので、もっとマーケティングをするべきだったと思います。自分は技術者なのでマーケティングは習ったことがなかったし、性格的にエイヤッでやってしまう方なのですが、本来は、市場のニーズを見てやるべきでした。 |
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これから起業する人へアドバイスをお願いします。 |
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大きく分けて3つあります。
1.方針を固める
まずは方針を固める必要があります。勝つためのビジネスモデルは何か、それは市場の動向とあっているのか、可能な限りその可能性を見てください。
また資金調達はどうするのか。ベンチャーキャピタルに頼むのか、自己資金でやるのか、親や親戚の援助を受けるのか。資金は多いほどいいです。自分は最初は30万ドル集めましたが、10万ドルは必要でしょう。
2.目標をたてる
自分はどうしたいのかという明確な目標がなければいけません。Exitプランといいますが、これがないとベンチャーキャピタルからお金を集めることは無理です。会社を上場させたいのか、売却したいのか。できるだけ夢は大きく持ったほうがいいです。夢は大きすぎてもお金はかからないですからね(笑)。
ベンチャーキャピタルからお金を調達するつもりで目標を立ててください。
3.人脈
ビジネスは一人ではできません。人脈作りがとても大事です。とにかくいい人と知り合いになってください。あの人は自分のためになる、いい人だとなったら、その代わりに自分もその人に何か与えないといけません。そういうギブアンドテイクのいい関係が築けたら、そういう人たちから仕事がきたりします。大学の同窓会とか、積極的に集まりに参加したりして、自分を売り込んでください。
私は日系、米系問わず人脈の多さは自慢できます。人と知り合うのが好きなんですね。こういうことが苦手な人がビジネスを始める場合は私のような人と組まないとだめですね。商品を固める人とマーケットの状況をつかんで売り込む人の2人が組まないと。どこの会社でも、社長は外に出るタイプが多いですよね。どんな会合にでも出て知り合いをつくるといいんじゃないですか。自分にも深みが出てくるし。
私は93年にNYの日系IT業界の団体業界団体JIFという団体を発足し、今では30社くらいが加盟しています。こういうのが好きなんです。またABPSという在米日系中小企業を支援する団体の事務局もやっています。こちらは40人くらい、元日系企業のExecutiveとか会計士、教授の方など幅広くいますが、これもとても大事な人脈です。
ご存知の通り、人脈はビジネスにおいてとても大事です。これをおろそかにしている人はいないでしょう。仕事は半分または3分の2はその人脈から来ます。オフィスで会う以外にランチしたりディナーしたりして、親しくなれます。老若男女問わずいい人と知り合ってください。 |
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今後の目標や夢を教えてください。 |
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野球に例えると二塁打は打ったと思っています。ホームランを打ちたいですね。
ホームランというのは、半分は仕事の面です。ウェブの世界でホームランを打ちたいです。Media Japanではあらゆるサービスで苦労したといいましたが、その延長でまた新たな個人向けウェブサービスを始めようとしています。4月から、ソフトのダウンロード販売、オークション、友達・恋人マッチングサービスなどを始める予定です。まだあきらめていません。
やっぱりウェブの可能性を追求するために、自分があと10年はバッターボックスに立っていようと思っています。そして企業価値、ブランド力を高め、この2社を上場させるか売却するという目標があります。
残りの半分は自己実現や満足感です。私が今やっている私が参加しているボランティア団体や交流会などはお金をもらってやっていることではありません。もちろんニューヨークは物価も高いし、お金は必要ですがお金ばかりではないです。
今、日本のある政府機関の政策立案に関わっていて、レポートを書いています。これは社会貢献です。この私のレポートが通れば、その満足感・達成感はものすごいものでしょう。こういうものはお金を払っても買えません。自己実現ですね。自分がアメリカでやってきたことが日本の国の役に立つなんて、ものすごいことだと思います。
この両方が達成できたらホームランを打てたといえます。次の10年の目標はこれです。常に常にチャレンジしていきたいです。
【2006年3月】 |
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