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 「いい経験になるかなと思って出演したんですよ。そうしたらそこで出会った方に“君、リズム感がすごくいいから、タップやらない?”と誘われたのです。“タップ? タップってシルクハット持って踊っているやつでしょう? それはちょっと違うな〜”って最初思いました(笑)。でも私の中でタップダンスのイメージを崩してくれたのが、有名なタップダンサーのセビオン・グローバー。彼の踊っているビデオを観たときに、リズムがタップ特有の“タラッタラッタラッツタラッ〜”とかじゃなくて、“ズッッズッ、バッッバッッバッッバッ!! プラタカ!プラタカ!スコ〜ンッタラタッカ!!!”って踊っているんですよ。そのファンキーなリズムに“いや〜ん、ヤバイ!また、きた〜ッ!”って思いました」。

 ファンクタップといわれるジャンルに出会った彼女。その興味は次第に本格化していく。

 

“タップダンスを習うため、大学を中退し渡米”

 本格的にタップダンスを習いたくなり、周囲の反対を押し切ってニューヨークにやって来た彼女は、その半年後にTAPカンパニー「The Peggy Spina TAP Co.」のメインパフォーマーとして抜擢される。

「ボスに言われたのは、“技術的にいえば未熟だけどすごく先が楽しみな人材だ”ということでした。それに誰よりも楽しそうにリズムを紡いでいたということで、採用されたようです」。

 その時点で、慶應大学も、渡米後通っていたニューヨーク大学も辞めてしまう。周囲からは「学歴はあった方がいい」というアドバイスをもらったそうだが、「肩書きより、職人と一緒で技術が欲しかったのです。そのかわり、自分の極めたい技ができるようになるまで、とことん練習を積み重ねていこうと決めました」とYAKOさん。

 信念を持って決めた決断、退学に全く迷いはなかった。

“ナンバー『響』の誕生、そして鼓舞設立”

 「その後、バスター・ブラウンというマスターにたいへんお世話になりました。彼の影響でいろんなショーに即興で出させていただいたのです。彼の知り合いからも別のショーのお誘いを受けました。その際“何でもやりたいことをやっていいよ”とおっしゃっていただいたので、和太鼓とタップのリズムで何かしたいと思って作り上げたのが、後に振り付け賞をいただいた『響』というナンバーです。そしてその『響』に参加し、私に共感を持ってくれたメンツと立ち上げたのが『鼓舞』でした」。

鼓舞(こぶ)

和太鼓とタップダンスを融合させた独自のパフォーミング・アーツ・グループ。活動開始から瞬く間にその評判はニューヨーク中に広まる。テレビ、舞台、フェスティバルなどで活動中。

ネガティブをポジティブに。何事も考え方次第!

 アメリカに住んでいる日本人なら、アメリカ人と肩を並べて対等にやっていく厳しさを身に沁みて感じることが少なくないのではなかろうか。それは人によって言語や文化などの違い、またある人にとっては体力や体格のギャップなどによるマイナス面かもしれない。

 YAKOさんは言う。
 「それも考え方次第だと思うんですね。例えばここで活躍するダンサーっていうのは、幼少の頃から踊っているような人ばかりで、それだけとってみても私の出だしは遅れています。英語力もアメリカに来たときはまったく無い状態でしたし、アメリカの社会をきちんと学んできたわけじゃなかったし。自分がこれだけやってきているのになぜ同等に扱ってもらえないのか、などと思い始めたらきりがないと思うんですよ。でも私は人よりビハインド・スタートっていうのを自覚しているし、それを取り戻すべく努力は当然必要だと思っているから、特にきついと思ったことはないですね。不利な要素の1つとして年齢的なことも周りでよく聞く話ですが、それも乗り越えられると思います。私もタップダンスをはじめたのは20歳過ぎです。20歳ではじめて、15歳からはじめている人と同等に並びたかったら、彼らの10倍ぐらい練習をすれば必ず追いつけるのですから」。

 「それより、努力では何ともならない逸話的なトラブルはたくさんありますよ(笑)。例えば、渡米1ヵ月で全財産を盗まれたり、ダンススタジオで一番大切なタップシューズを盗まれたり、家に強盗が押し入り、電子系をごっそり持って行かれたり…。また入国管理局に不正な言い掛かりでビザを拒否され、トンボ帰りで強制送還になったことも。話のネタは本当に尽きないですよ(笑)。よく友達に言われるんです。“普通だったら、その1つ1つのトラブル毎にアメリカ生活に嫌気がさして帰国しているだろうよ”と(笑)」。

 決して笑えない波乱万丈な出来事も冗談交じりにケロっと言ってのける彼女は、ポジティブ志向で芯からタフな女性だと窺える。

パフォーマーとしての今後

 とにかく、社会的なことや世間体にこだわることなく、自分が自分の価値観できちっと実行できるパフォーマーでありたいです。自分の信じる道を進むだけなのですが、一番信じられないのが自分で、明日の自分がわからないこともあります。例えば今はSTOMPのパフォーマンスや鼓舞で曲作りや振り付けなどをしていますが、何か他のことで「きたッ!」と思ったら、世間体とか気にせず本当にやっちゃうと思うんですよ。そして始めたからには、とことんやり通したい。1〜2年かけてできないようなことだったら、10年かけてできればいいじゃんと思います。これだから、周りのメンツは本当にたいへんだと思います。でもありがたいことに、“しょうがないな〜”って笑って見守ってくれているので、本当に彼らには心から感謝しています!」。

【2005年8月】

(取材・写真/安部春見 Kasumi Abe)
即興部分が多いので、公演内容は日々違ってくる。「一人が新しいリズムをブチ込むと周りが何だコノヤロ〜ってかぶさってきて、すっごいのが生まれることがあります。ウワ〜って頂点登っていく瞬間とグワ〜ってお流れで崩れるときは最高ですよ。ク〜ッ!ていうリズムを自分が先頭になって行けたとき、“わ〜、私天才!”って思うこともあります(笑)」

 

 

 

【略 歴】
8歳のとき和太鼓に出会い、その2年後にはニュージーランドの親善大使として、ニュージーランドとオーストラリアで和太鼓を演奏。慶応大学理工学部在学中にJADEのメンバーとしてヒップホップを始め、多数のミュージカルにも出演するようになる。「Musical中尾ミエ」で本間憲氏に見出され、初めてタップダンスに出会う。
1999年
渡米し、NYU(ニューヨーク大学)ミュージカル科入学。
同年、TAPカンパニー「The Peggy Spina TAP Co.」のメインパフォーマーとして抜擢される。
2000年
パフォーミング・アーツ・グループ「鼓舞」を設立。
2002年

オフブロードウェイ・ミュージカル「STOMP」のメンバーに合格。以後、主役の一人ビン・ビッチ役として活躍。鼓舞やThe Peggy Spina TAP Co.などでも活躍中。



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