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The Metropolitan Museum of Art (メトロポリタン美術館)
ペーパー・コンサバター(修復・保存家)
山崎クレップス晶子 さん
 
 
プロフィール
1995年、ロンドンにあるThe London InstituteのCamberwell College of Artsにて、修復・保存科のMAを取得。94年ニューヨークに移り、2年間、メトロポリタン美術館のペーパーコンサベーション(紙の修復・保存)部にて研究員を務める。アシスタントを経て、98年よりフルタイムのコンサバター(修復・保存家)となる。
 
旦那さんと3歳になる子供の3人暮らし。仕事と家事を両方こなす、ウォーキングウーマンの鏡のような女性。


 メトロポリタン美術館といえば、世界4大美術館の一つ。この誰もが知る巨大美術館で、ペーパー・コンサバターとして活躍する日本人がいる。今年でその道11年になる山崎クレップス晶子さん。西洋美術絵画のコンサバターとしては、同美術館で働く唯一の日本人だ。この日はちょうど、9月に開催予定の展覧会に向け、4000年前に描かれたパピルスの修復・保存作業にあたっている最中だった。


違う種類の紙が、高温高湿の中でどのくらい変化するかを調べるため、4種類の紙をHumidity Cabinet(促進・劣化試験をする器材)の中に入れてテストしている。
「人生うまくいかなくて当たり前。
          だから努力が必要なのです」


 「私たちの仕事は、美術品を将来の人に健康な形で手渡すことができるように、その劣化を少しでも遅らせること。言うなれば美術品のお医者さんなのですが、手を加えることによって歴史を変えてしまうことにもなりかねない、非常に責任が重い仕事です」と晶子さん。

競争が激しいニューヨークのアート界で、しかも外国人である日本人が、このような責任重大な立場でアメリカ人と肩を並べて活躍しているというのは、実に頼もしい。特にアート志望の学生などにとって、彼女のような職業はこの上ない羨望の的だろう。

そんなサクセスストーリーを地で行っているような彼女から「人生は、うまく行かなくて当たり前」という言葉が出るとは夢にも思わなかった。これには一体、どういう意味が隠されているのだろう?

  「才能があれば別なのでしょうが、私は才能がないので、何とかするためには一に努力、二に努力、私の場合おそらく十ぐらいの努力で、やっとここまで来ることができたと思っています。努力以外に、言葉がうまく出てきません」と晶子さん。

努力以外の言葉が浮かばないのは、彼女が並ならぬ努力を積み重ねてきたという何よりの証拠。彼女は言う。「努力さえしていれば、チャンスが来たときに生かすことができる」と。そして、自分に厳しい人だからこそ、他人に向ける目も厳しい。日頃からアートを志す学生らと接する機会が多い中、最近もどかしく感じるのは、彼らの自発性のなさだという。

  「私が学生だった頃とはずいぶん違う気がします。具体的な将来の希望や計画を持って努力している学生さんが少ない。私の時代は情報が少なく、インターネットもありませんでしたから、まず図書館に行き、わからないもの、興味のあるものを徹底的に自分の足で調べたものです。それが最近ではずいぶんと便利になり、調べるツールはいくらでもあるのに、自らそれをしようとせず他人に依存しようとする人が多い。残念ですね」。





「ひたすら勉強、ひたすら仕事」

ペーパー・コンサバターが修復に使う用紙の一部。ピカソからパピルスまで、アート作品のサポート(基底剤)は幅広いため、その性質に応じて紙や接着剤も使い分けていく。
“ふと耳にとまったシンポジウムが、人生を変えた。”

 この仕事との出会いは、たまたまラジオで知った、あるシンポジウムがきっかけだった。
「ニューヨークと東京の姉妹提携25周年記念で、美術館の専門家がアメリカから来日していたので、おもしろそうだと思って話を聞きに行ったのです。そこで初めてコンサバターという職業を知り、特に紙の分野に興味を持ちました。それから図書館に行ってその職業について調べ、紙専門の修復学校を調べ、イギリスまで見学に行き、翌年には入学してしまいました」。

この時の彼女の行動力に驚くばかりだが、イギリスに行ってからの生活ぶりも、目を見張るものがある。

「まさに勉強漬けでした! 時間が限られていましたから、有効的に使おうと昼も夜も授業を取って、すごい勢いで勉強していましたね(笑)」。

“ニューヨークでのがんばりが、大きなチャンスに。”

 当時のクラスメイトから、「次はアメリカで研究員としてがんばってみたら?」というアドバイスを受け、メトロポリタン美術館のフェローシップ(研究員)に応募したのですが、何とそれが受理されてしまい…」。当初は3年で日本に戻る予定だったことを考えると、これはまさに棚ボタの出来事だった。

 ニューヨークでの期間は2年間。ここでも限られた時間を無駄にすまいと、平日も休日も関係なく、朝から夜まで休みなく働いた。「英語もろくに話せなかったのに、一つの仕事が終われば次の仕事がもらえる。そんな素晴らしい状況にいたので、とにかく楽しくて、一生懸命やりました。今考えると、きっとそんな働きぶりが認められたのでしょう。ちょうどフェローシップが終わる頃に“スタッフになりませんか?”と声をかけられ、今に至るわけです」。

15世紀の祈祷書の修復風景。顕微鏡を使った細かな作業が続く。




「アメリカ人社会の中で日本人が働く厳しさ」


 「西洋アートの修復に日本人が携わるというのは、難しい部分がたくさんあります。多くは言葉やコミュニケーションの問題です。研究にしても膨大な文献を読まなければならないし、プレゼンテーションもアグレッシブに、アメリカ人が満足するものにしないといけません。英語がネイティブであるアメリカ人に比べて、私のマイナス点を挙げればきりがないですよ。もちろんストレスは溜まります。でも、与えられた美術品に、自分ができること100%全部してあげたいという強い気持ちがあるから大丈夫」。

 そう言ってのける彼女の言葉から、アートへの情熱、この仕事へのプライドをしみじみと感じとれる。


  「昇進とか、給料の差とか、どれぐらい人に認められるかは私にとって問題ではなく、人生の中で一生懸命働ける時期に、どれくらいいい仕事をしていて、どのくらい努力できたかが、私にとって大事なこと。将来人生を省みる機会があって、あぁこれでよかったと思えるようになりたい。だから今、自分ができることを精一杯やっています。自分らしく」。

【2005年6月】

(取材・写真/安部春見 Kasumi Abe)

 

【略 歴】
1995年
(イギリス)
The London InstituteのCamberwell College of Artsにて、修復・保存科のMAを取得。同年、The London InstituteのThe London College of Printingにて、Advanced bookbinding(製本)、 advanced book repairing(書籍修復)のイブニングコース過程修了。
1994年
(アメリカ)
メトロポリタン美術館のペーパーコンサベーション(紙の修復・保存)部にて、アンドリューW.メロン氏の研究実習生に(2年)。
1996年
同美術館の修復アシスタントに。
1998年

同美術館にて、フルタイムのコンサバター(修復・保存家)に。現在に至る。


コンサバターとは、具体的にどんな仕事?
 主要な美術館には必ず置かれている専門職。彼らの仕事は、美術品を最良の状態で少しでも長く保存できるように修復すること。ただし単に修復といっても、美術品が相手なだけに、綿密なリサーチや研究は欠かせない。作品の状態を見極め、科学的検査や学会での研究結果などを調べ、一番安全な方法を探りながら、修復が必要なものだけに修復を施していく。

 修復を施す場合、科学的バックグラウンドを考慮しながら接着剤や紙の種類を選び、キュレーターと相談しながら作業を進める。修復後はハウジング(どんな箱に入れるか、どんなマット紙をつけるかなど)の方法、ディスプレイの方法なども総合的に考える。

 美術館の煌びやかな表舞台の裏には、日夜こういう人々の並ならぬ努力が隠されている。

メトロポリタン美術館にコンサバターは何人?
 館内のコンサベーション部は、主要4部門(オブジェクト、ペインティング、ペーパー、テキスタイル)と、アジア美術、コスチューム部門など。その中で晶子さんが所属しているペーパー部は7人。その他、インターン、秘書、テクニシャン(フレームからアートを出す人やマット作業を施す人)なども所属しており、各自が専門分野に没頭できるよう、きっちり分業化されている。

紙部門のコンサバターとは?
 紙といってもその種類は様々。サポート部(絵が描かれているところ)が、紙、洋皮紙(パーチメント:動物の皮)、パピルスなど。中には洋皮紙を使った祈祷書などの本類も。
 例えば、植物(パピルス)の皮を取って中身をスライスしてできたパピルスの修復の場合、しっかりしたサポートがないと切れることもありうる。あらゆる問題を防ぐための展示方法も模索する。
 
The Metropolitan Museum of Art (メトロポリタン美術館)
1000 5th Ave.
New York, NY
Tel:212-535-7710
http://www.metmuseum.org

 

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