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Donguri (ジャパニーズ・レストラン)
プレジデント兼エグゼクティブ・シェフ
加川 仁 (Kagawa Hitoshi)さん
 
 

プロフィール
日本料理屋「瀬里奈」本店からの転勤で88年、22歳でニューヨークに。同ニューヨーク店(2002年閉店)で3年間シェフを修める。帰国後すぐ、日本料理屋「おい川」にヘッドハンティングされ、再度ニューヨークに戻ってきたのが94年。01年から4年間、ITO ENが経営する「会レストラン」にて料理長を修める。今年5月からジャパニーズ・レストラン「Donguri」のマネージャー兼料理長に。

 
月曜が店休日だが、休みの日もやはり店に出向いて何かしら仕事をしている。


 1998年、アッパー・イースト・サイドに小ぢんまりとした、あるジャパニーズ・レストランがオープンし話題になった。名は「Donguri」。ニューヨークが、今のようなジャパニーズ・レストラン乱立時代になる以前の話だ。以来この店は、多くの人々に「これぞリアル・ジャパニーズ」と賞賛され続けてきた。
ところが、店主・藤田修司さんの健康面の理由から閉店の危機に。「こんな素晴らしい店を畳んでなるものか」と、当時、会レストランの料理長だった加川さんが後継者として名乗り出た。話はトントン拍子に進み、ついに今年の5月、Donguriが彼の手によってリニューアル・オープン。長年愛され続けてきた味と人気は、今もしっかりと受け継がれている。

小ぢんまりとしているが、地元の人に絶大な人気。
Donguriとの出会い。そして経営を任されるに至ったワケ

 「元店主である藤田さんは、実は「瀬里奈」という日本料理屋で先輩としてたいへんお世話になった方です。私のことを信頼してくださり、“加川だったら、Donguriという名をそのまま使ってもいいよ”ということで、名前ごと引き継がせていただきました。この店はザガットでもたいへん高い得点をいただいていますが、その人気の理由は、やはり藤田さんの素朴でいて手を抜かない味でして、もともと私もこの店のファンでした」。

手を抜かない味とは?

「例えば、ダシ汁はダシの素じゃなく厳選した鰹節からとる、また御浸し(おひたし)一つにしろ、ちゃんとダシ汁から作るという、当たり前といえば当たり前なのですが、真心こめて、基本を忠実に守り続けるというスタンスから生まれる味です。彼のそんなスタンスは私と同じでした。合理化が主流の昨今、手間隙かけた料理を提供する今時珍しい店なので、自分の手で何とかしたいという気持ちになるまで時間はかからなかった」と加川シェフ。

5 年間働いてきたレストランを去り、新しい店で再スタート。不安やプレッシャーはなかったのか?

「会レストランの場合は規模が大きいですから、器の1つ1つから質の良いものを追求するために、年に1回日本に買い付けに行ったり、釜めぐりをしたりしてきました。一方でDonguriは店もキッチンも小さい。あまりにもこれまでの環境と違いすぎるので、不安がなかったわけではありません。しかし考えようによっては、小さいだけに常にお客様に近い立場で、目の届くサービスができると思ったわけです」。

 料理人としてのキャリアもまだ浅かった20代前半で、ニューヨークに転勤が決まり、右も左もわからぬまま、大組織の中のいわゆる縦社会で働き、悶々とする日々もあったという。そして、プロ集団の長として、現場を仕切っていた30代前半。今はどちらとも違う。器を日本に買い入れに行く代わりに、毎朝、新鮮な野菜の買い出しに行くことができる。そして料理だけでなく、店全体をまかされている立場。充実した日々だと語る加川さんの目は、キラキラと輝いていた。

料理人としての、自分のカラー

シェフになって21年、日本料理一辺倒の加川シェフ。彼がニューヨークという街で正統派の日本料理にこだわる理由は何なのか?

「私が最初にニューヨークにやって来た80年代後半は、日本食なんてまだ数えるほどしかなかったけど、いつか日本のわびさびや美意識が理解してもらえる時代が来るだろうとは、何となく思っていました。そしてこの10年で瞬く間に、日本の味がアメリカで受け入れられるようになりましたね。スパイシー・ツナロールなんていう創作寿司も誕生し、大人気になりましたし。
食材も国境がないし何でも手に入る時代にあって、創作料理に興味を持った時期も以前は確かにありましたが、脱線せずに日本料理一筋でやって来られたのは、やはり私は素朴な味が好きだから。そして、素朴な中に究極というものがあると日々痛感するからです」。
「Donguri」の店内。
赤レンガの壁に、ウッディなテーブルが並ぶ、素朴で家庭的な雰囲気。

素朴な中にこそある究極の味とは?

「素直でいて、いつまでも印象に残る味。料理の世界はとても奥深く、ただ良い食材を使ったから良い料理ができるというわけではなく、やはり基本的な料理人の真心とか美意識とかがおいしい料理には必要なのです。例えば、私が若い頃からお世話になっている方の一人で、フォクシー創設者の前田義子さんもおっしゃっていましたが、“料理人は、常に意識が必要だ”と。具体的には、“美味しいものを食べる、綺麗なものを見る。そしてそれらの経験が最終的には料理に繋がる”という。美意識に拘るっていう点においてはとても長けた方なので、彼女におっしゃっていただいた言葉は、共感できる部分がたくさんあります。ただ平然と何も目に入らなくても、ちょっと意識するだけで見方が変わることもありますよね。私はこれからも真の一点を持ちつつ、印象に残る味を追求していきたいです」。
既存の店の良さは今後も変えないと断言する加川シェフだが、いい意味での色づけが、今後彼によってなされていくことだろう。

「藤田さんは大先輩で、彼が残してくださった味をこれからも守っていかければいけないというのは第一条件です。ただし先輩・後輩抜きにして、料理人として私にもプライドがありますから、やるからにはそれ以上の評価が欲しいというのが、本音であり当面の目標でもありますね」。

【2005年7月】

(取材・写真/安部春見 Kasumi Abe)

Donguri (ドングリ)
309 East 83rd St.
New York, NY
Tel:212-737-5656

【略 歴】
1983年
日本料理屋「瀬里奈」本店に、料理人として入社。
1988年
「瀬里奈」ニューヨーク店に転勤。
1992年
帰国
1994年

「瀬里奈」退職。その後、「やんも(南青山)」に勤務。

1996年
ニューヨークの日本料理屋「おい川」にヘッドハンティングされ、再度ニューヨークへ移る。
2001年
ITO ENに入社。「会レストラン」の料理長をおさめる。
2005年
ITO ENが買収したジャパニーズ・レストラン「Donguri」のマネージャー兼料理長になり、現在に至る。

 

 

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