
年末に公開予定のハリウッド映画『SAYURI (Memoirs of A Geisha)』の中で、日本の伝統楽器の一つである琴が取り入れられている。聞けば、その演奏はニューヨーク在住の琴奏者・石榑雅代さんによるものだという。映画音楽の巨匠ジョン・ウイリアムスに見出され、録音ではチェロのヨーヨー・マやヴァイオリンのイザック・パールマンといった錚々たるメンバーと顔を並べている彼女。このような話題作に参加できたことは、演奏家としてこの上ない面目躍如であったに違いない。しかし、当の本人に浮かれた様子は微塵もなく、至って冷静にこの栄誉を受けとめているといった感じだった。 |
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ゼロから出発し、10年かかった
「私の琴演奏をこのような話題作に使っていただいたのはたいへん光栄なことで、これまで雲の上の存在だったハリウッド映画を体感できたのも今後のステップアップになるでしょう。でも、これで琴が一般レベルまで浸透するかといえばそう簡単なものではないですし、自分の満足だけで食べていけない厳しい世界でもありますから、まだまだこれからですね」と開口一番、まるで自らへの戒めともとれる言葉が出てきた。
これまで日本をはじめアメリカやヨーロッパ、中南米など世界各地で琴の演奏会を重ね、日本の伝統音楽を披露している彼女。ニューヨークでは、レギュラーベースで琴、三味線の演奏として活動する傍ら、現在
45人の生徒も抱えている。この地でゼロから出発し10年かかってやっとここまで来られたのだと、石榑さんは笑う。
「当時は50セントのベーグルを買うのも悩むぐらい生活が大変でしたよ(笑)。家賃も高いし、生徒もなかなか集まらなかったし。発表する場がなくて家でボ〜としていると、ノイローゼになりそうになったことも正直ありますね」。
そんな苦しい時代は1〜2年続いた。
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ニューヨークでのスタートは茨の道そのもの
コネチカット州の大学で筝曲講師として指導していた最初の3年間は、家元からの送金で生活は安定していたが、いざ独立してスタートしたニューヨーク生活は、彼女にとって茨の道そのものだったようだ。そんな状況を突破するべく、ひたすら徹してきたのは「地道な売り込み」。ある時はボランティアで、そしてあるときはストリート・パフォーマンスで発表の場を開拓していった。
「当初は路上や無料演奏会など、利用できるものは全部といってよいほど利用し、地道に活動をしてきました。しかしいくら数を重ねてみても、所詮“一部”の人にしか知ってもらえない”ことに段々と気づいていったのです。
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やはり売り込みをするからには、テレビや映画など効果的なメディアで万人に紹介されたり、大舞台で演奏しなければ意味がないのだということを身を持って感じましたね」。
その後の彼女は、プロモーション用のレジュメも、送付先を大手のみに絞っていった。
「かなり大きなところばかりターゲットを絞っていたので、成功率はほぼ0%でしたね。でも出せば可能性、出さねばそれで終わりという一心だけでした。それが功を奏してか、その後サンディエゴ・オーケストラからゲストソリストとして招聘され、インターネットの時代になって、今度は先方から私のことを探していただけるようになってきたのです」と振り返る。
今回の映画の話も、突然舞い込んできたものではなく10年にわたる日々の努力の賜物だということがわかる。
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| これからは琴を海外に広げる時代
そもそもアメリカに来たのには理由があった。現在沢井琴曲院副会長である沢井一恵氏に先見の明があり「これからは海外でも琴を広げられる時代だから」という一言に押され、彼女はアメリカ行きを決意。そこから彼女の人生は大きく変わっていった。
「日本の伝統芸能全体に言えることかもしれないですが、国内だけではどうしても行き詰まり感がありました。年功序列的な部分が沢山残っていますし…。一方でアメリカは一般的な認知まで至っていないから、逆に先入観がない分これからまだまだいける有望な場所なんです」と石榑さん。
彼女は振り返る。「琴なんてやんなきゃよかったと思ったこともあるけれど、それがなかった人生も考えられない。やはり琴があったからこそできた事の方が多いので、諦めずにやり続けてよかったと今は思います。そして、こんな私を奮い起こしてくれた師匠や生徒さんには本当に感謝しています」。
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