10歳で中国に渡り、上海バレエ学校に入学、6年後初の外国人留学生として卒業。 在学中の97年(13歳)、タオ・リ・ベイ国立バレエ・コンクール(中国)で優秀表現賞を受賞。その2年後、世界バレエ・コンクール(名古屋)で最年少のファイナリストに選ばれる。00年、ローザンヌ国際コンクールにてローザンヌ賞を受賞、奨学金を得て国立バレエ学校の特待生としてカナダに渡り、その1年後の01年ニューヨークへ。アメリカン・バレエ・シアター傘下のスタジオ・カンパニーの研修生を経て、アメリカン・バレエ・シアターのバレリーナとなる。
世界でも5本の指に入るというバレエシアターの名門、アメリカン・バレエ・シアター(以下ABT)。そこで舞う、若き日本人バレリーナ・加治屋百合子。中国の国立学校でバレエを学び、カナダ留学を経て現在ニューヨークで夢を追い続けている。話をしてみると意外や意外、華奢な外見ややんわりした口調から受けるその可憐な印象とは対照的に、負けず嫌いでガッツのある現代女性の片鱗を覗かせた。
「そもそも自国の人の為の学校ですから、留学生だった私にとっては不利な面もありました。例えば学費も中国人は無料でも私は適用外だし、指導面でも他の生徒との違いが多少あったり。それに、柔軟性など体型的に不利な点もあって、誰も私がプロになれるなんて思ってもいなかったと思うんです。でもそういうのがあったからこそ、負けずに“これでもか!”っていうぐらい自分と戦い続けることができたのだと思っています。私って何かをバネにもっとがんばれる性格だから(笑)」。 そう軽く言ってのける彼女。大の大人ならまだわかるが、当時の彼女はまだ小学生。その外見からは一見想像し難い根っからの反骨精神が、彼女をバレリーナとしてだけでなく人としても成長させたようだ。
2001年、ニューヨークに移り、アメリカン・バレエ・シアターのスタジオ・カンパニーに所属。
2002年1月より、アメリカン・バレエ・シアターのメインカンパニー研修生として実践を積み、同年6月にコールドバレエ(corps de ballet)の一員として採用され、見事プロのバレリーナとなる。