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ABA独立リーグ
ハーレム・ストロング・ドッグス (Harlem Strong Dogs)
プロ・バスケットボール選手
中川 和之(Kazuyuki Nakagawa) さん
 
プロフィール

山口県生まれ。中高時代から全国規模の大会でベスト入りを果たし、スター選手として頭角を現す。01年の専修大入学以降、全日本学生バスケットボール大会や日本男子学生選抜大会で優勝、準優勝を果たし、数々の国際大会にも日本代表として出場するなど、活躍が顕著に。04年10月に渡米しABA ロングビーチ・ジャム(LA)に 入団。その後一時帰国し、ウィリアム・ジョーンズカップ国際大会とユニバーシアード競技大会に日本代表として出場。05年に再渡米しABA ハーレム・ストロング・ドッグス(NY) 入団。今期は同チームから唯一のオールスター出場を果たした。




 NBAとは言わずと知れたバスケットボールの最高峰だが、バスケ王国アメリカには他にも様々な独立リーグが存在し、明日のNBAスターを夢見てプレイヤーが鎬を削っている。
 その中の1つABAリーグに属するハーレム・ストロング・ドッグスで、アメリカ人選手に混じり果敢に戦っている男こそ、中川和之(23歳)。今期はチームの勝利に貢献しオールスターに選ばれるなど、目を見張る活躍だった。
 取材中に何度も見せたあどけない笑顔。しかしそれとは裏腹に彼が発する言葉の1つ1つには、過去の挫折から自ら這い上がってきた若武者選手の並ならぬハングリー精神が見え隠れした。



 2004年、バスケットボールの国アメリカに大きな野望を抱いて来たはずの若者が、たったの2ヵ月でチームを解雇され日本に帰国した。それが今期、ハーレム・ストロング・ドッグスで活躍し、オールスターに出場した中川選手の前シーズンの話だというのだから、その飛躍ぶりに驚かされる。
 
 「あの時は、泣きを見て帰ったんです」と、あっさりと過去の敗北を認める潔さ。しかし中学、高校、大学時代と、あるときはチーム・キャプテンとして、またあるときは日本代表として、これまでずっとスター選手として注目され、国際舞台で戦ってきた中川にとって、アメリカでの解雇とは何とも屈辱的な出来事だったに違いない。

日本の大学選手から、アメリカのプロ選手に
 
 近頃は日本人選手の活躍で、アメリカのスポーツニュースが騒がしい。野球の大リーグにバスケのNBAと、スポーツ上の“国境”がなくなりつつある。そんなご時勢で「次は自分も」と、アメリカ進出を熱望しているスポーツ選手はごまんといるだろう。これまでは大学生選手として活躍していた中川が、アメリカでプレーできるようになったそもそものきっかけは何だったのだろう?
 
 「専修大時代のコーチがNBAの解説もやっているような人で、その人が、僕が大学2年のときにアメリカのリーグにアプライできるよう動いてくれたんです。準備不足と初めての海外ということもあって体がビビッてしまいそのときはダメだったんですけど、また4年のときに同じような話しがきたんです。既に実業団への就職も決まっていたことだし、練習会に参加するぐらいの軽い気持ちで行ったんですけど、何も考えずリラックスできていたのが逆に良い方向に働いたみたいで、ロング・ビーチ・ジャムのトライアウトに受かってしまったんです」。
 
 「アメリカでプロ」という、突然手にしたビッグチャンス。それはまさしくNBAへの登竜門を意味した。ここぞというときに迷わない彼は、就職の内定をキャンセルし、インカレ(大学最後の試合)終了後に日本バスケットボール協会に退部届けを提出。その翌日にはLA行きの飛行機に乗っていた。試練の日々が待ち受けていることも知らずに。

 

晴天の霹靂「解雇」、そして帰国

「期待満々で渡米したのはいいんですが、2ヵ月半後には解雇されてしまいました」と中川。「まぁこれにはいろいろとワケがあるんですけどね」。
 
 そのワケとはこうだ。中川のプロ入りを奨励した人物とチーム・オーナーとの間で当初から食い違いがあったにも関わらず、中川は言われるがままアメリカへ。しかしオーナーは、シーズン開幕直前になってコーチと選手をほぼ全員解雇、これにより、中川はチームにとってお荷物状態となった。そもそもこの擦った揉んだ劇の舞台裏には、我々はおろか当時の彼にも知る由のない資金面や複雑な人間関係など、スポーツ・ビジネスに絡む様々な裏事情が隠されていた。

  「入団前後でまるっきり話が違っていたんです。当時の自分にもっと実力や経験があれば、他のチームに移籍するなどして問題も跳ね除けることができたかもしれないけど、なんせ初めてのことでしたから。いずれにせよ、一から出直して準備し直そうということで、帰国することに決めたんです」。

 お金が蠢く(うごめく)スポーツ・ビジネス界の舞台裏を目の当たりにした中川は、渡米時の期待も大きかっただけに失望も大きかった。しかしこの帰国は未来のための選択、紛れもなく“ポジティブ”なものだった。「日本の実業団を断った時点でプロとしてアメリカでやろうと決めていたので、“終わり”で帰ったんやなくて、“もう1回やるために”帰った」。そしてそれが結果的には冒頭に書いた大飛躍に繋がることになったのだ。

 

もう1度アメリカでプレーを

LAでの経験を、這い上がる糧に

 帰国した彼を待っていたのは、ユニバーシアード大会日本代表としての役割。日本での出直し試合は、彼に本来の感覚を取り戻させた。LAでの経験を逆に這い上がる糧にしようと、日本では与えられたチャンスを確実に1つ1つものにしていった。そんな精力的な活動のお陰で、アメリカでのチャンスがまたやってきた。
 
 「大学の先輩がNJネッツで働いている人と繋がっていて、今のチームを紹介してもらったんです。日本での経歴や直前のユニバーシアードでの活躍を評価してもらい、トライアウトなしで入団が決まりました」。



肩書きよりもハングリー精神

ところで今期シーズン中に、父親からある言葉をもらい、自身のホームページでも紹介している。その言葉はこうある。


「なぜアメリカに来たのか/なぜそこに居るのか/驕った瞬間、踊らされた瞬間/すべては無くなると思え」。
 
父親という存在は、中川にとってどのようなものなのか。

「大学時代もあまり試合に来なかったし、リアクションの少ない親父ですけど(笑)、性格とか人間的に僕は親父に似ていて、影響を受けている部分はありますね。アメリカでバスケをしていても、確かに親父の言うことはその通りだと思うことが多いです」。

例えば、NBAの元選手やABAオールスターで優勝経験のある選手など、レベルの高いプレイヤーと同じコート内で戦ってきた際も、父親からの何気ない言葉がピッタリとはまったという。

「僕はバスケ選手としては小さい方なので、(アメリカ人選手との)身体能力の差は初めからあるけど、技術面では元NBAの選手だろうと、そう大差はないと感じました。確かに雰囲気だけすごくても、やる気がないと勝てないっすね。肩書きがなくても、ハングリー精神のある選手の方がすごいんやなって思います。親父が“驕った瞬間、全ては無くなる”と言っているように、1回胡坐をかくとダメですね」。

 


目標達成のために、課題を持つ


 「マイケル・ジョーダンを見てもわかるように、どんなに強くても彼は常に目標や課題を持っていましたからね。ハングリー精神を保つには、目標を持ち続け、そのために日々新たな課題を見つけないと厳しいです」と中川。
 
 今期シーズンが始まる直前に立てた課題は、「去年が去年だったので今年は毎回コートに存在できて、点を獲る」ということ。具体的には10点という数字を決めていたが、右足首を捻挫する前までは平均14点を稼ぐなどチームの勝利に大きく貢献、結果オールスターという華々しい舞台にもプレイヤーとして選ばれる結果に繋がった。


それでも、己の評価はなかなか厳しい。「数字だけ見たり、オールスターを考えたりすると目標を達した感じはしますけど、中身的には怪我をしたりと納得できないことはまだまだあります。悔しいから、これやってあれやって、どうやったらうまくいくか解決策をイメージしています。時間ができるオフ中に1つ1つ洗い上げて。調整していくつもりです」。
 
 そして1度立てた目標や課題は、常に意識するように箇条書きで紙に落とし、自室の壁に貼っているのだとか。その中の1つにはこのようなことが書かれている。「3年以内にNBA選手になる」。
 
 「つい大学時代までは、NBAなんて意識したこともなかったですよ。観るだけで充分だったし、自分が行けるようなところとはまるで思ったことがなかった」と言うが、環境や待遇面で今より断然恵まれていただろう実業団を蹴ってまでアメリカに来たのは、高い志があったからこそ。「やっぱり、もっとうまくなりたいじゃないですか。アメリカに来たのも、人生で1回、自分を追い込む場所に来ようと思ったのが大きいですね」。
 
 過去の挫折から自ら這い上がることができた中川は知っている。高い志に向かって常にハングリー精神を持ち続け、課題を日々クリアすれば、近い将来、どんなことでも実現可能にできることを。

※ 文中敬称略

【2006年4月】
(取材・写真/安部かすみ Kasumi Abe)

アメリカン・バスケットボール・アソシエーションの略。競技レベルや資金面などで全米一の規模を誇るNBAに対して、その他のプロフェッショナル・リーグは独立系と呼ばれる。近年NBADLという独立リーグも新設され、NBAチームの傘下に加わった。このリーグは通称「Dリーグ」と呼ばれ、CBAという別のリーグと共にNBAに次ぐリーグとして位置づけされている。中川選手の属するABAは、競技レベル的にDリーグ及びCBAの次というのが一般的な見方だが、ABAでプレーした選手がNBAに昇格したという事例も過去にあり、そのレベルは極めて高いことで知られる。

ハーレム・ストロング・ドッグス球団オフィス
TEL:212- 594-6527
http://www.harlemstrongdogs.com/

中川選手の公式オフィシャル・サイト
http://www.samuraikz.com

【略 歴】
山口県下関生まれ。9歳でバスケットボールをはじめる。
1997年 全国中学校バスケットボール大会で準優勝を果たし、優秀選手賞を受賞。
1998年 山口県立豊浦高等学校に入学。在学中に、全国高校総合体育大会や国民体育大会、ウインターカップ、ナイキ・バスケットボール・キャンプなど、全国規模の大会で最高ベスト5入りを果たす。
2001年 専修大学入学。
2002年 関東男子バスケットボール新人戦と全日本学生バスケットボール大会で優勝し、それぞれ優秀選手に選ばれる。
2003年 関東男子リーグ戦と、日本男子学生選抜大会でそれぞれ優勝。また、李相佰杯争奪日韓学生競技大会に日本代表選手として出場。
2004年 関東男子トーナメント大会と京王電鉄杯10大学フェスティバルで優勝し、それぞれ最優秀選手賞を受賞。関東男子リーグ戦、全日本学生バスケットボール大会、日本男子学生選抜大会で準優勝。ウィリアム・ジョーンズカップ国際大会と李相佰杯争奪日韓学生競技大会に日本代表として出場。
同年12月 渡米。ABA Long Beach Jam(LA)に 入団。
2005年 一時帰国し、ウィリアム・ジョーンズカップ国際大会とユニバーシアード競技大会に日本代表として出場。
同年末、再渡米。ABA Harlem Strong Dogs(NY) 入団。ABAオールスター東側チームの選手として、チームから唯一出場。
   

 

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