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永久就職で選んだ住友。 そこを去ったワケ
「銀行というのはとてもいい職場だ。銀行に入れば事業家がどのように成功するか、また失敗するかがわかる。しかしそこで一生を終わるのではなく、将来は事業を起こしなさい。銀行ではそのための勉強をしなさい」。これは、当時大学生だった神谷秀樹が初めてアメリカを訪れた際、そこで事業を営む親戚からもらったアドバイスである。
「言われたときは戸惑いましたよ。銀行という職場を選ぶ決定打にはなったけど、永久就職するつもりでしたから」と神谷。しかし何の因果か、その後の彼は、その言葉通りの人生を歩むことになった。住友銀行に入行した彼は、20代後半でゴールドマン・サックス(以下GS)へ転職、そして30代後半で独立し、ニューヨークで投資銀行を設立。現在はその会社、ロバーツ・ミタニLLCで、共同経営者のブルース・ロバーツをはじめとする人種も経歴も全く違う10人の才能ある社員と共に、技術資金をベンチャーキャピタルから調達すべく、日夜世界中を飛び回る日々だ。
そもそもバンカーとしての神谷を語る上で、まずは"永久就職"のつもりだった銀行時代の話から始めなければならない。神谷は住友銀行に通算9年在籍し、その間目覚しい成長を遂げてきた。例えば入行3年目で1年間のブラジル研修に送り出してもらい、若い国造りを学んできた。帰国後は、政府や国営企業に貸し付けるシンジケート・ローンの組成を行ったり、海外拠点の設置を手伝ったり、スイスの銀行の買収をしたりするなど、銀行経営そのものに触れる職務に従事。また、トリプルA格付けの取得や、ユーロ市場で都銀として初めて債券を発行するなど、新聞の一面を賑わす偉業も数多く成してきた。そのまま勤続すれば確実に出世したであろう会社を、なぜ去ってしまうことになったのだろうか。
「アメリカの"就職"は字義通りだけど、日本では"就社"なんです。
転勤や異動辞令は絶対。偉くなるためには支店長をして、銀行の運動会で旗を振らなければいけないし、海外店に出てもまずは駆け出しの総務係長から出直し。キャリアパスする上で避けられない"滅私奉公"がたくさんありました。また、地位が高い人の意見はすんなり通るのに、下っ端の案は通らず、聞く耳さえ持たれないことが多かった。多くの立派な上司に出会い、丁稚だった私を仕込んでくれた会社ですが"一生の場ではない"と思うようになりました」。 |