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スタンドアップ・コメディアン
小池 良介(Rio Koike)さん
 
プロフィール

愛知生まれ。1986年に関西大学社会学部入学と同時に、社交ダンスをはじめる。全日本学生ダンス選手権大会で準優勝を果たし、大学卒業後はプロに転向。93年(26歳)に世界一を目指し渡米。その後、プロのスタンドアップ・コメディアンに転向したが、96年一時帰国し、社会保険労務士資格を取得。翌年ニューヨークに戻り、現在はコメディアンとしてニューヨークのコメディクラブにてレギュラーでショーを行っている他、国内外ツアーも積極的に行っている。







英語はつたないし、アメリカの文化も完璧に知っているわけではない。
そんな日本人が、世界一のエンターテイナーが集まるこの街で
プロのスタンドアップ・コメディアンとして活躍しているという。
アメリカでコメディアンになって今年で8年目の小池良介。
日本では社交社会保険労務士の国家資格を持つ彼は
「エリートですよ、僕は」と、ニヤリと笑う。
日本人エリート・コメディアンは今日も、ニューヨークのどこかのコメディクラブで
アメリカ人客を笑いの渦に落とし入れている。



プロのダンサーを目指しニューヨークへ

 スタンドアップ・コメディアンの小池良介がレギュラー出演しているというニューヨークはミッドタウンにあるコメディクラブ「NY Improv(インプローブ)」を覗いてみた。200人は優に入ろうかというようなだだっ広いクラブ。ここで彼は、アメリカ人客を前に週に10回ほどのステージをこなす。他にもイレギュラーでNew York Comedy ClubやHA!といったコメディクラブにも出演している。呼ばれればどこへでも行く。2003年にはNBCテレビのコメディショー「First Season Of Last Comic Standing Comedy Central」から出演依頼がありテレビデビュー、その模様は全米にオンエアされた。昨年は全米ツアーやアジアツアーも敢行したばかり。

 一見、気さくで素朴な印象だが「坊ちゃん育ちなんですよ、僕は」と小池は強調する。両親が社会保険労務士という固い家庭で育ってきた彼は、そもそもお笑いとは無縁の少年時代を過ごしてきた。

 「ご想像通り固い家でね〜(笑)、少年時代はボケやつっこみとは無縁でしたね。唯一お婆ちゃんだけが話のわかる人で僕の理解者でした。今年の3月に93歳で亡くなってしまったんですが、亡くなる直前に“全然ボケてないし、元気そうやないね”って声を掛けたら、お婆ちゃんが“わたしゃボケてるけど、お前は仕事でわしよりボケろよ”っておもろいこと返してきましてね。それが奇しくも僕への最後の言葉でした。僕のコメディアンとしてのDNAは、このお婆ちゃんから受け継いでいるのかもしれません(笑)」。

 そういう彼であるが、渡米のそもそもの目的はコメディとは全く関係なかった。大学時代に社交ダンスと出会って以来その頭角をメキメキと現し、卒業後にスカウトされたことからプロに転向。よってニューヨークにも“プロダンサー”として世界の檜舞台に立つために来たのである。そんな彼が、またどうしてスタンドアップ・コメディアンに?

 「たまたま参加したコメディのワークショップが、僕の人生変えましたね」。



ついでに受けたワークショップで笑いに目覚める

つたない英語や、
マイノリティであることを逆に武器に

 
 ニューヨークに来た1997年当初は、東72丁目にあるフレッド・アステア・ダンススクールで社交ダンスのインストラクターとして働きながら、他のダンスにも興味を持ち始めていた。それでジャズやタップなど他のダンスの幅を広げるためにワークショップを受講するのだが、そこで用意されていたコメディのワークショップが、ふと彼の目に留まった。「おもしろそうだから、“ついで”に受けてみたんです」と小池。

 「ワークショップでは皆の前で笑いを発表しないといけないんだけど、受講生もコメディアンなもんだからそりゃ目は厳しくてね。クラスメートが何人もトチる中、僕はトイレで使うペーパーシートを使ったネタをやったんだけど、唯一僕のネタだけが大爆笑でしたね」。

 そこに彼が今でもステージに立つNew York Comedy Clubのオーナーが来ており、彼をスカウト。ただし、最初からギャラをもらえるほど甘い世界ではない。プロのスタンドアップ・コメディアンになるためには段階があり、まず通常は無給でコメディクラブのバスボーイや路上でのチラシ配りなどからスタートする。それを経てやっとステージに立てるわけだが、ギャラは出ない。それらの修行期間を乗り越えて、実力のある者だけが最終的に有給でステージに立てるというわけだ。しかし彼の場合、この最初の段階がほぼないままにオーナーの眼鏡にかなって、早い段階からステージに立つことができたという。

 「エリート・コメディアンなんですよ、僕は」と再度強調する。「明るい未来を信じて無給時代を耐えてきました…っていうようなドラマチックな話ができたら取材的にはよかったんだろうけど(笑)、現実はオーナーの押しの一手で断れなかっただけ。特にこんな競争の激しい社会でここまでトントン拍子でこられたのは、1つには僕のおぼつかない英語が意外とコメディアンとしては武器になったというのはありますね。もうひとつはやっぱり僕がアジア人だからというのもあったと思う。アジア人がジョークを言うのは、アメリカ人にとって珍しかったみたいで」。

 ニューヨークでこのままがんばり続ければ、今後どこかのプロデューサーのお眼鏡にかない、テレビや映画出演など限りなくチャンスは広がっていくかもしれない。コメディアンとして波が乗ってくると同時に、日本の両親からは社会保険労務士として跡を継いでほしいと懇願されるようになる。親を安心させるために一時帰国を決意し猛勉強。合格率6%という難関を見事突破して、国家資格を得た。しかし一度走り出したコメディアンとしての自分にも未練はあった。「社会保険労務士はいつでもなれる。でもニューヨークのチャンスは今しかない」。小池は再びニューヨークのショービジネスを目指した。


どこの国でも自分のスタイルは変えない

ちなみに、アメリカンジョークに笑えない日本人が多いのは、言語の違い以上に文化や国のバックグラウンドの違いがジョークには関わることだから、それも当たり前のことだろう。日本人とアメリカ人の笑いのツボが違うのに、日本人がプロのコメディアンとして果たしてどこまでやっていけるのだろうかという疑問は残るが、彼によるとそれは違うらしい。

  「“ツボが違う”というのは、スベったことがある人が言うセリフだと思うんですよ。だっていつもウケていたらそんなこと言わないですよね? そもそも“ツボが違う”というのをアメリカ人コメディアンから聞いたことは一度もないんですね。だって彼らは“自分たちがナンバーワン”という自信を持っているから。だからツボが違うというセリフは、自信の無さの裏返しに聞こえます。僕はどの国も基本は同じで、ウケる人はウケるし、ウケない人はウケないと思う。確実にウケるパンチラインさえ持っていれば、どこの国でもそんなに怖いものはない。だからどの国でも自分のスタイルを変えないんです」と小池。

 このツボの違いの話しは、コメディや他のエンターテインメントのみならず、あらゆる職業やさまざまな場面で言えることなのかもしれないと妙に納得。そして、そう言い切れるのは、これまでどの国に行ってもスベったことがないからだろうし、何よりコメディアンとしての自信を持っていることの現れでもあるだろう。では、コメディアンとして苦労したことはないのだろうか?

 「もちろんありますよ! 英語の発音や言い回しです。これまではパンチライン(オチ)が笑えるから、笑わせてこられたけど、パンチラインの間の細かい振りまでは、あんまり理解されてなかったみたいで…。例えば、笑いは病気を治すって言いますけど、いいコメディをすると車椅子を忘れて帰る客もいる…というようなネタだとして、その話の膨らませ方はあんまり理解してもらえなくても、最後のパンチラインが面白いからこれまではウケていた部分が大きい。それでも最近はそれらの振りもウケはじめてきて、やっと英語が理解されはじめたかと思うんですけどね」。


どんな職業でも成功者は食いつきが違う
 
 笑いのネタは、考えて作りこむというよりも日常の中からおもしろいと思ったことをピックアップし、ステージ上では計算外のその場のアクシデントで作りこむ。職業上、仕事以外でもおしゃべりが好きなのだろうと思いきや、本人によると「ソーシャライズはほとんどないし、エンターテイナーの友人も皆無」だという。たまにステージを見たビジネスマンや飲食店のオーナーなどから食事に誘われる。

 「そもそも成功している人っていうのは、成功のコツなどべらべらとしゃべらないですよね。だから彼らを“見て”学ぶことは、成功している人はアメリカ人でもしつこく食いついていきますし、うまくいってない人はやっぱりさぼっていますよね。うちらもそうだけどどんなビジネスも食うか食われるか、白か黒かという世界ですから、見ていて学ぶべきことは多いですよ」。


 以前は両親から「失敗したらいつでも帰ってきて、事務所を継げばいい」と言われていたが、最近では「うまくいっても帰ってきて継げよ」に変わってきた。そんな両親の意とは反し、小池にはまだやりたいことが山ほどあるようだ。

 「僕の仕事は堅気の親とは違うものだから、親もうかうかと死ねないみたいで(笑)、結果ピンピンしているのを見ると、結局親孝行しているのかな?と思いたいところはあります。コメディアンとしてスタートした頃はこれで成功するとは思っていなかったけど最近は専属マネージャーも付き、“あ〜、売らされていくんだろうなぁ”と感じています。それに伴い、自分自身も売り込みやギャラ交渉を積極的にやっていかないと。これを辞めるわけにはいかないですからね、スベらない限りは」。

※ 文中敬称略

(取材・写真/安部かすみ Kasumi Abe) ※印を除く

◆ コメディクラブ「NY Improv(インプローブ)」
318W 53rd St., New York, NY
電話:212- 757-2323

http://www.nyimprov.com/

◆小池良介の公式ホームページ
http://www.riokoike.com
● 小池良介のコメディショーの様子が見られる字幕付きライヴビデオ
http://www.youtube.com/watch?v=PhV36qJenGI


【略 歴】
愛知生まれ。
1986年 関西大学社会学部入学と同時に、社交ダンスをはじめる。
1990年 全日本学生ダンス選手権大会で準優勝を果たし、大学卒業後はプロに転向。
1993年 社交ダンサーの世界一を目指し、ニューヨークへ。
1995年 スカウトされ、スタンドアップ・コメディアンとしてコメディクラブに出入りするようになる。
1996年 一時帰国し、社会保険労務士資格を取得。
1998年 再渡米し、ニューヨークでコメディアンとして再スタートする。
2003年 NBCテレビのコメディショー「First Season Of Last Comic Standing Comedy Central」に出演。
2005年 ニューヨークの「Take Out Comedy Contest」にて優勝。賞金2000ドルはスマトラ沖地震の津波救済基金に全額寄付。
同年、全米ツアーとアジアツアーを敢行。


 



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