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ピアニスト
江口 玲(Akira Eguchi)さん
 
プロフィール

東京芸術大学作曲科、ジュリアード音楽院ピアノ科大学院卒業。92年のリサイタルデビュー以来、新人ながらアイザック・スターンをホストにホワイトハウスで演奏するなど話題をさらう。活動の幅は全米に留まらず、日本やアジア、欧米各国の主要演奏会場にてリサイタル、室内楽、協奏楽及び世界中の著名なバイオリニストと共演、活躍中。最新アルバム「Pictures at an Exhibition」を今夏発表。ニューヨーク市立大学で教鞭を執り、洗足学園音楽大学大学院の客員教授も務めている。





現在、NHK大河ドラマ「功名が辻」にも、淀君の後ろ盾「大蔵卿」の役で出演中。
たまたま乗った運の流れの中で、自分がどこまでやれるか。だからどんな結果が出ようとも”チャレンジ”することに意味があると思えるのです。

92年、リンカーンセンターで行われたある新人ピアニストのデビューリサイタルを
ニューヨークタイムズ紙が「流暢かつ清廉なるピアニスト」と大絶賛した。
そのピアニストこそ、今年でデビューから14年を数える日本人音楽家・江口玲。
元々留学生として18年前にニューヨークに移ってきた彼だが、
現在ではこの地を拠点に、日本やアメリカ、そして世界中を演奏会で忙しく飛び回る日々を送っている。
江口玲がピアニストとして、人としてこれまでも、そしてこれからも大切にしていきたいものとは何か。



自由奔放に育った少年時代



 リンカーンセンターでのデビューから14年。彼のこれまでの音楽人生は文句なく華々しい。新人時代から世界の檜舞台で数々の賞を獲り続け、その抜きんでた腕前は数々の著名人・文化人の前でも披露されてきた。例えばデビュー翌年のホワイトハウスでは、アイザック・スターンをホストにクリントン元大統領の前で、また東京の浜離宮朝日ホールでは、天皇皇后両陛下が臨席する中演奏するなど、ソリスト、室内楽奏者、チェンバロ奏者そして伴奏者として、全米はもとより日本をはじめとするアジアやヨーロッパ諸国とこれまで25に及ぶ国々で音色を奏で人々を魅了している。そんな彼に、どのような子供時代を送ってきたのか聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。

 「皆さんが想像されるような英才教育とは無縁の、サラリーマン一家の普通の子供でしたよ。クラシック音楽との出会いは、2歳ぐらいのときにLPレコードがグルグル回るのがおもしろくてずっと見ていたのが最初。それで自然と音楽が好きになったようです。幼稚園に行くかエレクトーン教室に行くかと問われ、迷わずエレクトーン教室を選びました。だって鍵盤も2段で、いろんなスイッチがあったりで格好良いじゃないですか。でもいざ通うとそこの先生は、“男の子だから”とピアノを勧めるんです。弾いてみた最初の印象は、鍵盤が白黒だけでつまんないなって(笑)」。

 しかし、誰に強要されることもなく本能に赴くままに続けることで、江口は次第にピアノ、そして音楽にのめり込んでいった。特別な英才教育を受けることもなく自由奔放に育ってきた彼は、専門的に音楽を勉強したいと東京芸大附属音楽高校に入学。そこで初めて、周りとの違いを思い知らされることになる。

 「高校には、幼少時から音楽の英才教育を受けてきたような、エリート中のエリートがたくさんいました。自分はそれまで周りの状態を知らないまま田舎で育ってきたので愕然としましたよ。同じフィールドじゃ、とてもかなわないなと」。

 ただ彼の場合、それを負い目に捉えるのではなく、「人は人、自分は自分」と思うようにしたという。「スタートが違うので、自分に劣っている部分があって当たり前。でも自分には彼らが持っていないもの、例えば自由奔放に育ってきた分、音楽に対しても枠にとらわれない考え方ができるはず」

 そんな根っからのプラス思考が才能を伸ばす上で救いとなった。そしてそれは、後の留学先であるニューヨークでも活かされることになる。



ニューヨーク留学

共産圏出身の留学生と切磋琢磨

 東京芸大音楽学部を卒業後、同校で弦楽科の伴奏助手として働いていた関係で、ジュリアード音楽学院のバイオリン教師から「ニューヨークに来ないか」と誘いがかかった。ただし学校に通いながらその教師の元で伴奏者として働くことが条件。2年間がんばってみようと渡米した江口のニューヨークでの生活は、授業と仕事と練習のみの繰り返し。朝は8時から授業のため学校に行き、放課後は伴奏者としての仕事を毎日6〜7時間こなす。自分の練習もすべて終えると、いつも帰宅するのは夜中の1時を過ぎた頃だったという。

「常に時間に追われる状態でしたが、不思議と辛いと思ったことはなかったです。これほど勉強するのは一生でこの時間しかないだろうと思ったし、それに周りの同級生が自分を揺り動かす刺激にもなりました。というのも、当時はロシアや中国、ユーゴスラビアなど旧共産圏の留学生が多く、彼らの意欲や真剣さの度合いっていうのは日本人留学生とは違うわけですよ。彼らは“この国でなんとしてでも生きていかねばならない”と必死でした。そんな学友が周りにいたからこそ、更に切磋琢磨できたんだと思います」。


大切なのは、コミュニケーション能力

 ところで彼のホームページを開くと、トップページで「Dear America,」(親愛なるアメリカ)というメッセージが目に飛び込んでくる。「日本は自分を人間として育ててくれた母親、アメリカは自分をピアニストとして鍛え上げてくれた父親」とのコメントからも、アメリカへの感謝とリスペクトの念が感じ取れる。

「アメリカは自由と平等の国だといわれているけれど、それは表向きだけで、階級制度も人種差別もタブーでありながら依然残っています。アーティストにしても能力や実力だけの世界じゃない、目に見えないところで外国人や有色人種が不利な部分はたくさんある。でも“だからあれができない。これができない”と足りないことばかり考えるのではなく、それを補うことが大切なんです。努力することももちろん必要だし、自分にしかないものを見つけることもそう。僕の場合ここまでやってこられたのは、アメリカ人にはない日本人としての感性を持っていたことが大きいと思います。このように自分の特技ってなんだろう、長所ってなんだろうと考え、長所の枠組みをどんどん広げていければ、自然と足りないところがカバーできると思うんですよ」。

 それに加え、江口が大切だと考えるのはコミュニケーション能力だという。「音楽しかわからないような音楽家にはなりたくないんです。それに有名な芸術家だから何をやっても許されるというような考え方も僕にはできない。音楽家だろうが会社員だろうが、どんな職業でも人との繋がりが大切。その繋がりっていうのは“この人といたら楽しいな”って思われるような人間的な魅力があればどんどん広がっていくと思います」。

 今の自分が忙しく世界中を飛び回っているのも、決して一朝一夕のものではなく、この18年で積み重ねてきた人と人との繋がりから広がった賜物だというわけだ。


  ちょうどこの取材直前にも、ある嬉しい出会いがあった。インディアナ州で行われた世界で最も権威のある国際バイオリン・コンクールの一つである「International Violin Competition of Indianapolis」に出席し、10代から20代の若い音楽家の伴奏をした。そこで出会ったあるフランス人の審査員から「今度ぜひ一緒にやろう」と声をかけられたのだが、その審査員というのは、江口が中高生の頃から神様と仰ぐような存在のバイオリニストだった。

 「僕にとってステージの上で演奏するというのは、カーネギーホールでも小学校の体育館でもまったく同じなんです。自分が演奏する限り、100%、120%の力で常にステージをこなしています。それはこれまでもそうだし、これからもずっと大切にしていきたい部分。今回はずっと雲の上のような存在だった方にその部分を認めてもらえたような気がします。本当に嬉しいことですね」。

※ 文中敬称略

【2006年9月】
(取材・写真/安部かすみ Kasumi Abe)※公演写真を除く



◆ 江口玲さんの公式ホームページ
Dear America, http://www.akiraeguchi.com/


【略 歴】
東京生まれ。
1986年 東京芸術大学音楽学部作曲科を卒業。卒業後は同校にて助手を務める。
1991年 ジュリアード音楽院のピアノ科大学院修士課程、及びプロフェッショナルスタディーを修了。
1986年 ヴィニアフスキー国際バイオリン・コンクールにてシュヴァイツァー賞(最優秀伴奏者賞)を受賞。90年、ジュリアードの協奏曲コンペティション、及びジーナ・バッカウアー国際ピアノ奨学金コンクールで第1位を獲得。
1992年 ウィリアム・ペチェック・ピアノデビュー賞を受賞。リンカーンセンターのアリスタリーホールで行われたニューヨークリサイタルデビューはニューヨークタイムズ紙より絶賛される。
1993年 アイザック・スターンをホストにホワイトハウスで演奏。
1994年〜 頻繁に日本でのリサイタルツアーを行う。
1997年 ジュリアード音楽院オーケストラのアジアツアーのソリストに抜擢され好評を得る。
2000年〜 ニューヨーク市立大学ブルックリン校にて教鞭を執る。
2002年〜 ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を編曲し、ホロヴィッツ編曲の「星条旗よ永遠なれ」を含むソロCD「ディア・アメリカ」、続けて「巨匠たちの伝説」を発表。これらのソロCDは共に「レコード芸術」誌で特選を得る。
2006年 洗足学園音楽大学大学院の客員教授となる。7月に最新CD「Pictures at an Exhibition」を発表。


 



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