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医学博士、
アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授
新谷 弘実(Hiromi Shinya)さん
 
プロフィール

順天堂大学医学部卒業。横須賀米国海軍病院のインターンを経て63年渡米。68年にニューヨーク大学附属ベルビュー病院、ベス・イスラエルメディカルセンターにて外科レジデントと外科のチーフレジデント後、トータルコロノスコピー(大腸内視鏡)の挿入技術を習得し、「新谷法」と1人方式を完成。翌年コロノスコープ(大腸ファイバースコープ)を使い、開腹せずに内視鏡による大腸ポリープの切除に世界で初めて成功する。以後、その第一人者として全米はもとより日本でも大活躍。約20の先進国に招かれ、コロノスコープとポリペクトリーの普及に貢献した。多数の医学研究発表や「Dr Shinya健康長寿法」を広めるための著書を何冊も上梓しながら、70歳を過ぎた今でも現役でマンハッタンにあるクリニックで患者の診療・治療に当たっている。


たまたま乗った運の流れの中で、自分がどこまでやれるか。だからどんな結果が出ようとも”チャレンジ”することに意味があると思えるのです。

今でこそ珍しくない大腸内視鏡によるポリープ切除。
37年前にその技術を考案し、世界で初めて成功させたのがドクター新谷だ。
これまで50ヵ国もの医者たちにその技術を普及。
延べ10万例に及ぶポリープ切除手術で一例の合併症もなく成功させている。
数多くの胃腸を診てきた彼は「Dr.Shinya 健康長寿法」も考案。
著書がミリオンセラーとなったことからも、どれだけその健康法が注目されているかがわかるだろう。
そんな世界的名医の、知られざる幼少時代からアメリカで成功をおさめるまで、
そして長きにわたり第一線で活躍しつづけるドクター新谷式サクセス・ストーリーに迫る。



これまでの常識といわれるものがあっているとは限らない



 ミッドタウンにあるオフィスを訪れると、ドクター新谷弘実はちょうど患者に電話越しで食事指導をしているところだった。「牛乳は飲んではいけないよ」「魚やターキーならたまにはいいけど、肉類はもっと減らしてください」など、これまで健康になるため、体力をつけるために良いもとのされた食べ物の常識とはまるで正反対のことを言っている。

「You are what you eat. (あなたの体は食べ物次第なんです。)ほら、触ってご覧なさい。張りが違うでしょう」。診療が終わったドクター新谷が、自分の腕を見せながら開口一番にこう言った。確かに70歳すぎの年齢を微塵も感じさせない、見事なまでの皮膚の張りだ。

「ガンや成人病の原因の95%が間違った食生活にあるんですよ。例えば、牛乳に含まれるタンパク質の主成分はカゼインと呼ばれるもので、胃腸にとって消化しにくく、体にとっては強力な発ガン物質だといわれています。しかも加工工程で生乳に含まれている乳脂肪は酸素と結びつき、体に悪い過酸化脂肪になるのです。そもそも自然界に哺乳動物が5千種類ぐらいあるといわれていますが、大人になってから他の動物のミルクを飲む動物など存在しないでしょう。人間が牛乳を飲むと乳種不耐症という下痢の胃腸症状を起こしたり、アレルギー症状が起きたりします。それが自然の摂理というもの。栄養学から見てみると牛乳はタンバク質やカルシウム、ビタミン質などが豊富に含まれていますが、じゃあそれを長年摂ることによって体にどのような悪影響を及ぼすかというのは、私が患者さんの胃腸や他のいろいろな生活習慣病を診断・治療してきて実証していることです」。

日米で約40年間にわたって延べ35万人の胃腸内視鏡検査をしてきた彼は、今や胃や腸を見ただけで、その患者がこれまでどんなものを食べてきたかがわかるという。食べ物が体に及ぼす影響に関しても、臨床から学んだことは大きい。
さらに、自分の実体験からわかったこともある。先述の牛乳が体に及ぼす悪影響に関しても、彼が身を持って知ったのは奇しくも大学入学試験の日だった。

「その朝旅館でミルクシェーキを2杯飲んだのが悪かった。お腹がゴロゴロして調子が悪くなり、試験どころではなくなったんです。親に負担をかけたくなくて国立大を目指していたのに結局希望していた大学を滑ってしまった。その日以来、牛乳は飲んでいません」と苦い思い出を振り返る。


母親をラクさせたいと、医者の道に


新谷は健康や胃腸に関しては数多くの著書を出しているが、意外と知られていないのが少年時代のこと。聞けば医者一家というわけでもない。どんな子ども時代を過ごし、なぜ医者の道を選んだのだろうか。

「ちょうど戦時中で父親が海軍に出征していましたから、7人兄弟の長男だった私は少しでも母親を助けたいと、小学1年生から終戦を迎える5年生まで毎朝早起きして、家族全員の朝ごはんを薪で支度してから登校していました。そうしたら皆勤の優秀生でしかも親孝行と、学生の模範として県からいろいろ賞をいただく話が来たのです。しかし“男の子なのに朝ごはんの支度をするなんていう話は恥ずかしいことなので、それを秘密にしてもらえるなら賞をいただきます”と言ったのを覚えています(笑)。医者になろうと思ったのは、母親が野口英世の話をよくしていた影響でいつの間に医学博士になって母親を“ラク”させてあげたいというのがきっかけです。そしてその道を歩くのなら、野口英世と同じようにアメリカに行ってちゃんと勉強したいと思うようになったのです」。


米国海軍病院でのインターンを経てアメリカへ

1960年に順天堂大学医学部を卒業した彼は、「アメリカへの近道だと思った」という横須賀米国海軍病院のインターン試験で、950人中14人という高倍率にも関わらず見事合格。翌年には米国留学試験(ECFMG)にも合格した。そして新しい医学の可能性を求めてニューヨークに渡ったのがその2年後の63年のこと。ニューヨーク大学附属ベルビュー病院、及びベス・イスラエルメディカルセンターなどで5年間の外科レジデント、チーフレジデントを修了。同年の68年にトータルコロノスコピー(大腸内視鏡)の挿入技術を完成。翌年コロノスコープ(大腸ファイバースコープ)を使い、開腹せずに内視鏡による大腸ポリープの切除に世界で初めて成功したのである。71年にニューヨーク州の医師国家試験に合格し、マンハッタンにクリニックを開いたのは彼が36歳になった年。新谷の名声は全米はもとより世界中に広がり、患者が大挙して押し寄せた。

「その頃は1日平均50人もの患者さんがきて、毎日朝の8時から夜の10時まで、ぶっ通しで働きました。最初の10年間は5時間も眠れればよかったぐらい。それぐらい一生懸命働きましたよ」。

医学史上に残る偉業を残し、以後40年間ずっと第一線で活躍している新谷。さらに驚くべきことは、一度の誤診も医療事故も起こさずにここまで来ていることだ。野望を抱いてアメリカにやってくる若者の中には、志半ばにして挫折する者も少なくないが、彼のように夢を着実に現実化し、何十年にもわたってモチベーションを保つためには、一体何が必要なのだろうか。

何事も好きになって一生懸命になれるかどうかがカギ。

「だいたい挫折というものは、途中で不幸せになった場合にそうなることが多いんですよ。幸せ、不幸せで言うと、例えば人間の体も絶対ガンなんかなりたくないって思うのなら、何かにまたは誰かに強い愛情を持つことです。強く愛し合って幸せを感じることが大切なんですよ。女性も一生懸命恋をしたり、妊娠すればガンなんてならない。だって子どもを生み育てるために自然が防御してくれるのだから」。

「仕事もね、どの世界も同じだけど、とにかく自分がやりたいと思うことを“好き”になるっていうことが大切。たくさん愛情を持って取り組む、そうするとモチベーションが上がって一生懸命になります。成功するのは間違いないですよ。私も開院したときはたいへんだったけど辞めたいと思ったことはこれまで一度もなかった。ただ単に患者診てポリープ切ってというスタンスではなく、私は医者として病気にならない生き方を探り当てようと、そして皆さんに健康で幸せになってほしいと思ってきたから、その欲望がずっとまだ仕事を続けようという原動力になっています」。

このような長年の功績が認められ、今年の10月にはニューヨークアジア諮問委員会で、地域貢献賞17人のうちの「医師栄誉賞」を受賞した新谷。医学界での世界的な発明はもとより、何十年にもわたってミスのない確実な診療、70歳過ぎた今でも現役で現場に立ち、年間1万人の診療・治療や600万人の救命をしていることなど様々な実績が認められたという何よりの証拠であるだろう。加えて自分に置き換えた場合、彼のように40年後も今と同じ仕事が好きでたまらないと言えるだろうか。医学のノーベル賞、または医学界にゴールドメダルがあるとすれば、ドクター新谷はそのような賞を授与されるに値する世界的名医であることは間違いない。

※文中敬称略

【2006年11月】
(取材・写真/安部かすみ Kasumi Abe)



◆ 新谷クリニック
305E.55th St. New York, NY
TEL: 212-751-9714
http://www.drshinya.com/index.html


【略 歴】
福岡県生まれ。
60年 順天堂大学医学部卒業。
61年 横須賀米国海軍病院にてインターン。
63年 渡米。その後、ニューヨーク大学附属ベルビュー病院、ニューヨーク ベス・イスラエルメディカルセンターにて5年間の外科レジデントを修了。
68年 外科チーフレジデント修了。

69

世界で初めてコロノスコープ(大腸ファイバースコープ)を使い、開腹手術をせずに内視鏡による大腸ポリープの切除に成功。
70年 多数の医学研究発表をする。
71年 アメリカ胃腸内視鏡学会にて、胃腸内視鏡によりポリープ切除術(ポリペクトミー)を世界で初めて研究発表する。
75年 アメリカ胃腸内視鏡学会にて、最高賞を受賞。
82年 コロノスコピー一大腸疾患の診断と治療(医学書院)を出版。
98年 「胃腸は語る−胃相腸相からみた健康・長寿法」(弘文堂)を出版。
05年 「健康の結論−胃腸は語るゴールド編」(弘文堂)、「病気にならない生き方−ミラクルエンザイムが寿命を決める」(サンマーク出版)を出版。
現在、新谷クリニック院長、アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授、ベス・イスラエル病院外科内視鏡センター部長、前田病院・元赤坂胃腸科クリニック、半蔵門胃腸クリニック最高顧問をおさめている。
   


 



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