門前払い、梨のつぶての末にやっと…
ニューヨークに戻った渡辺は、早速レジュメを作りクリスティーズに送った。しかし返事はなし。今度はワイン部に直接電話。受付の女性からの返事は「空席がない」とのこと。それならインターンではどうかと、今度はオフィスに直接レジュメを持参。が、アポなしのため当然ながら門前払い。「何としてもビジネス・マネージャーに一度会いたい」。その一心で、今度はワインオークション会場に足を運んでみた。そしてついに一人の担当者と話をすることができた。
「返事は“フルタイムのポジションはないけど、インターンだったらあるかもしれないので連絡します”」ということでした。なのに、待てど暮せど梨のつぶて。インターンでさえ、可能性がないのかと思いました」。
それでも彼女が諦めなかったのは、パリで誓った信念があったからこそ。いろいろな知人や友人に相談していく中で、ある日少しだけ光が見えてきたのは、彼女の知り合いが、ワイン業界の重鎮とも呼ばれているマイケル・ブロードベンドの知り合いを知っていると聞いたとき。マイケル・ブロードベンドは、クリスティーズロンドン本社のワイン部を作った人でもある。
「それでマイケル・ブロードベンドの知人という方にすぐさま連絡を取り、マイケル宛の手紙をお送りしました。ぜひ私のことを、マイケルに伝えてもらえないでしょうか、って。吉兆庵の菓子箱も付けて(笑)」。
幸いにも、渡辺の懇願はすぐマイケル・ブロードベンドの元へ。そして鶴の一声で、ニューヨーク支店でのインターンがとんとん拍子に決まったのだ。コネクションが重要視されるアメリカのビジネス界ならではのエピソードである。
「うれしくてうれしくて、週2回のインターンではやり過ぎってくらい一生懸命に働きました。“ジュンコ、もう帰りなさい”って言われるぐらい(笑)。そのうち前のポジションの人が急に退職することになり、ラッキーにも私がそのポジションを引き継ぐことになったのです」。
入社8年目の今では、ワイン・スペシャリストとしてすっかり堂に入っている渡辺だが、「ワインは奥が深すぎるので、勉強しても勉強しても追いつかないんです」と言う。「同じ銘柄でも、ビンテージごとに味も値段も違いますからね。そして、私たちが付けた値がワインマーケットに影響しますから、責任感やプレッシャーは当然あります。でも、私はワインそのものが好きで、自分でおいしいワインを探したり、専門家のコメントをチェックしたりと、仕事をしながらワインの知識も高められるので全然飽きることがありません。そして、ワインのみならず絵画など世界の一流品に触れる機会が多いこの職場で働けることは、本当に楽しいです」。
人によっては何がきっかけになるかは千差万別だが、彼女のようにたった一杯のワインがその後の人生を大きく左右することだってある。言い換えるなら、何が人生を変えるきっかけになるか、誰にもわからないということだ。
「何かやりたいんだけど、何をやりたいのかわからないっていう時期は私にもありました。でもそういう時は、手当たり次第何でも挑戦することです。私はこれまでの苦労があったからこそ今をとても感謝していますし、どんな経験でも後々無駄なことは一つもないのですから。そしてそのうち、ワクワクすることに出会いさえすれば、いつもスタートはそこから切れるのです」。
文中敬称略
【2007年3月】
(取材・写真/安部かすみ Kasumi Abe)
|