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Christie’s(クリスティーズ)
ワイン・スペシャリスト
渡辺 順子(Junko Watanabe)さん
 
プロフィール

愛知県生まれ。2000年、フランスのパリとボルドーにワイン留学へ。帰米後の2001年、クリスティーズのインターンとして採用される。3ヶ月後前職スタッフの退職に伴って正社員としてワイン部に配属され、現在に至る。




クリスティーズといえば、世界的に名を馳せるオークション会社。
ここでワイン・スペシャリストになって丸7年になる渡辺順子は
白人社会の中で働く、たった一人の日本人女性だ。
航空会社勤務やナイキの個人輸出などと、異色の経歴の持ち主だが
このオークション・ビジネスこそ「やっと辿り着いた夢」だと語る。
そんな彼女のサクセスストーリーは、ある時に飲んだ1杯のワインから始まった。



 名門オークション会社クリスティーズでワイン・スペシャリストとして働く渡邊の一日は、コレクターやレストラン・オーナーなどワインビジネスに関わる顧客リストに目を通すことからはじまる。メインの業務は、夏季と冬季の数ヶ月を除いて定例で行われているワインオークションのために、世界中から集められたワインの値踏みをしたり、オークション用のカタログを制作したりすること。ワインが足りないときは、顧客に交渉をしたりもする。それに加え、年に4回ほどはLAでのオークションに参加するため、大陸をまたいで駆け巡る。このように入社してからの7年間、彼女はワインと共にオークション・ビジネスの最先端で突っ走ってきた。

 オークション・ビジネスとの最初の出会いは20年前に遡る。
たまたま旅行したロンドンでサザビーズを見学し、おもしろそうだなと思った。しかし当時は、まさか自分がこの世界に入るとは思いもせず。当時の彼女の興味と探求の対象は、ニューヨークに住むこと、そしておいしいワインに出会うことだった。



大当たりした輸出業から、運命のワインとの出会いまで


 92年、念願のニューヨークに移り住んだ彼女だったが、当然、食べて行くために仕事を見つけなければならない。ニューヨークタイムズ紙で求人広告を見つけては、手当たり次第に応募した。しかし特別な資格や経験があるわけでもない日本人に対して、ニューヨークはそんなに甘くはなかった。空振りの日々が続く。

 それでも諦めなかった彼女は、ついに某航空会社の地上勤務の職を得た。そして数年勤務した後に彼女が辿り着いたのは、当時人気に火が付きだしたナイキシューズの個人輸出業。ニューモデルが発売されるや否やいち早く買占め、日本に輸出するのだ。当時は、日本から買い付けにくる業者もたくさんおり、一人の購買は5足までと制約があったが、現地主導でバイトなどを雇いながら大量購入できた彼女の方が有利だったのは言うまでもない。シューズの爆発的な人気と共に、彼女のビジネスも大成功した。

 「そのお陰で、前から大ファンだったマイケル・ジョーダンにお会いして試合を最前列で見せてもらったり、欲しいものは何でも買えたりと、おいしい思いはたくさんしました。でも気持ち的には、なぜかいつもモヤモヤしていましたね。きっと個人輸出のビジネスは本当に自分のやりたいことではなく、お金のためにやっていたものだから、100%の充実感がなかったのでしょう」と振り返る。

 「ずいぶん遠回りした気もしますね」と思い出に浸りながら当時を懐かしむ彼女だが、一見回り道しているようなこれらの過程も、後々の渡辺に辿り着くための大切なそして意味のあるものになったことは間違いない。なぜなら、個人輸出で当時羽振りのよかった彼女が、運命ともいえるあるワインに出会ったのもちょうど同じ時期だったからだ。

 「シャトーペトルスというワインを飲んだとき、“これだ!”と思いました。ボトルをクリスティーズで売るとすれば2500ドルぐらいの値がつくようなワインで、さすがに今まで出会ったことのない味でした。もともとワインは好きだったけど、それをビジネスにしようとは思いもしなかったです。だけどシャトーペトルスに出会って以来、私はすっかりワインの奥深さに魅了され“ビジネスとして、突き詰めたい”と思うようになったのです」。



ワインオークション・ビジネスへの開眼

 それからの彼女の行動には、目を見張るものがある。大当たりのナイキの個人輸出はすっぱり辞めて、今度はフランスのパリとボルドーへワイン留学に旅立つ。ワインを一から学ぶために。

 「そこではワインを売る人、ソムリエになりたい人、ワインを作りたい人など様々なフランス人と出会いました。そしてフランス人にとってのワインとは、我々日本人にとってお米のようなものだなということを思い知りました。私たちがお米を食べて、舌で品質や味の良し悪しがわかるように、フランス人にとってのワインも生まれたときから生活の一部。ワインに関してはフランス人には敵わないなという気持ちがないこともなかったのですが、それでも、パリでクリスティーズに立ち寄り、モダンかつ威厳あるオフィスを目の当たりにしたとき、吸い込まれるような思いでした。そして“ニューヨークに戻ったら、絶対にここでワイン・スペシャリストとして働くんだ”と誓ったのです」。



門前払い、梨のつぶての末にやっと…

 ニューヨークに戻った渡辺は、早速レジュメを作りクリスティーズに送った。しかし返事はなし。今度はワイン部に直接電話。受付の女性からの返事は「空席がない」とのこと。それならインターンではどうかと、今度はオフィスに直接レジュメを持参。が、アポなしのため当然ながら門前払い。「何としてもビジネス・マネージャーに一度会いたい」。その一心で、今度はワインオークション会場に足を運んでみた。そしてついに一人の担当者と話をすることができた。

 「返事は“フルタイムのポジションはないけど、インターンだったらあるかもしれないので連絡します”」ということでした。なのに、待てど暮せど梨のつぶて。インターンでさえ、可能性がないのかと思いました」。

 それでも彼女が諦めなかったのは、パリで誓った信念があったからこそ。いろいろな知人や友人に相談していく中で、ある日少しだけ光が見えてきたのは、彼女の知り合いが、ワイン業界の重鎮とも呼ばれているマイケル・ブロードベンドの知り合いを知っていると聞いたとき。マイケル・ブロードベンドは、クリスティーズロンドン本社のワイン部を作った人でもある。

 「それでマイケル・ブロードベンドの知人という方にすぐさま連絡を取り、マイケル宛の手紙をお送りしました。ぜひ私のことを、マイケルに伝えてもらえないでしょうか、って。吉兆庵の菓子箱も付けて(笑)」。

 幸いにも、渡辺の懇願はすぐマイケル・ブロードベンドの元へ。そして鶴の一声で、ニューヨーク支店でのインターンがとんとん拍子に決まったのだ。コネクションが重要視されるアメリカのビジネス界ならではのエピソードである。

 「うれしくてうれしくて、週2回のインターンではやり過ぎってくらい一生懸命に働きました。“ジュンコ、もう帰りなさい”って言われるぐらい(笑)。そのうち前のポジションの人が急に退職することになり、ラッキーにも私がそのポジションを引き継ぐことになったのです」。

 入社8年目の今では、ワイン・スペシャリストとしてすっかり堂に入っている渡辺だが、「ワインは奥が深すぎるので、勉強しても勉強しても追いつかないんです」と言う。「同じ銘柄でも、ビンテージごとに味も値段も違いますからね。そして、私たちが付けた値がワインマーケットに影響しますから、責任感やプレッシャーは当然あります。でも、私はワインそのものが好きで、自分でおいしいワインを探したり、専門家のコメントをチェックしたりと、仕事をしながらワインの知識も高められるので全然飽きることがありません。そして、ワインのみならず絵画など世界の一流品に触れる機会が多いこの職場で働けることは、本当に楽しいです」。

 人によっては何がきっかけになるかは千差万別だが、彼女のようにたった一杯のワインがその後の人生を大きく左右することだってある。言い換えるなら、何が人生を変えるきっかけになるか、誰にもわからないということだ。

 「何かやりたいんだけど、何をやりたいのかわからないっていう時期は私にもありました。でもそういう時は、手当たり次第何でも挑戦することです。私はこれまでの苦労があったからこそ今をとても感謝していますし、どんな経験でも後々無駄なことは一つもないのですから。そしてそのうち、ワクワクすることに出会いさえすれば、いつもスタートはそこから切れるのです」。

文中敬称略

【2007年3月】
(取材・写真/安部かすみ Kasumi Abe)



◆ CHRISTIE’S
http://www.christies.com/


【略 歴】
愛知県生まれ。
2000年 フランスのパリとボルドーに、ワイン留学。半年後にニューヨークへ戻る。
2001年 クリスティーズのインターンとして採用される。
2001年 正社員として、ワイン部に配属。現在に至る。
   


 



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