真のバイリンガルとして育つ
生まれはロサンゼルス。幼少時にNYに移住して以来、ずっとNYと、まさに生粋のニューヨーカーだ。一方、ご両親は日本人で日本にも頻繁に帰国していたため、日本語も流暢。バイリンガルとして、NYで青春時代を過ごした。
「子供の頃からアートやファッションが大好きで、自分の部屋の家具を月に2−3回動かしたりしてました(笑)。空間のアレンジ、建物のデザインなどに強い興味があり、10代の頃から、すでに建築家の道を意識し始めていましたね」。
一方、音楽や美術が好きなご両親に連れられて、子供の頃から各国に旅行し、多彩な文化や芸術に触れてきたという。この頃に得た世界観、インスピレーション、グローバルな価値観も、今の彼女に大きな影響を与えているようだ。
高校3年の時に参加した6週間の建築サマープログラムで手応えを得たステファニーさんは、コーネル大学の建築科へと進学する。「大学時代は徹夜の連続。必死で勉強しましたね。プレッシャーも大きく大変な時でしたが、あの頃の努力があったからこそ、今の私があるのだと思います」。
数学、物理、技術、理論、構造力、創造力…。建築の勉強には多様な知識やスキルが必要とされ、要求レベルも極めて高い。しかし彼女は、大学2年目からは校内の建築ジャーナル誌のチーフエディターにも抜擢され、さらに活動の輪を広げていった。
「常に、自分をプッシュしていきましたね。いつもNo.1でいたかったですし(笑)。でも、建築やデザインは好きだったので、あまり苦にはなりませんでした。」
チャレンジなしでは成長しない
大学卒業後は、東京国際フォーラム、ジャズ・アットリンカーンセンター、コロンビア大学などの大型クライアントを持つ建築家Rafael Vinoly氏の事務所に就職。
「一番若手の新米でしたので、わからないことばかり。就職後の最初の1週間は、朝の5時まで働き、翌朝は誰よりも早く8時半に出勤。とにかく仕事に全力投球。夢中で人生を滑走していった時期ですね」
建築はすぐに学べるものではない。何度も試行錯誤を繰り返し、いくつもの経験を積み重ねながら、少しずつ自分のスタイルや概念を構築していくものだ。だからこそ、人一倍の忍耐と努力が問われてくる。当時は、若さや経験の浅さでチャンスがまわってこなく、フラストレーションがたまる時もあったという。しかし、「好きなこと」だからこそ、常に前向きに突き進んでいけたのだ、と当時を振り返る。
「『チャレンジ』という言葉は好きですね。NOといわれても、そこでへこまない。それを、いかにYESに変えていくかをジックリ考えて、YESに変えていくために前向きに努力をしていく。チャレンジしていかないと、人間は成長しません。ある時点で認められなくても、ベストを尽くしてやっていけば、いつかどこかで必ず報われると信じていますから。」
「一番大切なのは、誠心誠意で仕事に取り組むこと。熱意と愛情を傾ければ傾けるほど、完成品に輝きがでる。作り手のエネルギーが、完成品を通して、見る人に伝わるものです。」
魂を込めた作品こそが、人々の心を動かす
その後、有名なDavid Rockwellとの仕事や、フリーの仕事を経て、2004年に独立。自らの事務所を立ち上げる。
独立のきっかけとなったのは、デザイナー安藤忠雄氏とのコラボによる、料理の鉄人、森本正治シェフのNY初のレストラン「MORIMOTO」のビッグプロジェクトだ。砂のガーデンをイメージした白い布が波打つ天井、17400本の水ボトルで創られたクリスタル仕切り、木の葉が埋め込まれた透明アクリルのカウンターなど、斬新な建築内装で、同レストランは、業界やメディアの話題をさらった。
「2年半の壮大なプロジェクトでした。時差がありましたので、24時間フル回転。寝ないで仕事をしました。学生時代と同じ生活ですね(笑)。コネチカットの倉庫で、天井の白布を作るブロードウェイのステージセットの方とテストを繰り返したり、暖簾を縫ってくれる人やアーティストと細かい打ち合わせをしたり。毎日がチャレンジとエキサイトメントの連続でした」
彼女の建築・内装のアプローチは「トータルコンセプト」。テーブルクロスの色、バスルームに置く花瓶の形、ロビーに立つドアマンのユニフォーム、外壁のお店のサイン、そういう細かいディテールを徹底的に追求しながら、同じコンセプトを、一つの糸のようなものでつないでいく。そこには、日本的な繊細な気遣いや感性も反映されていく。
最後に、建築やデザインの仕事の醍醐味は何なのか?
「自分のアイディアを、魂を込めて形にしていく。そしてできた完成品が、見る人、体験する人々の情感に、何らかの影響や刺激を与えることができる点でしょうか」
「NYでできれば、どこでもやっていける」と信じるステファニーさん。まずはNYで自分のブランドを固め、それから世界に飛躍していきたいという。彼女は、まだ33歳。本格的なキャリア・ビルディングは、まだこれからだ。
若い彼女のバイタリティ溢れる、そして、人々の心の琴線に触れる新作品に期待したい。
【2008年6月】
(取材/文/写真 吉藤美智子) ※店舗写真を除く |