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■茶谷正純さんのサクセスストーリー

世界の頂点ニューヨークで、一日中好きな踊りができること。
それだけで幸せだった。


 NYについた翌日からイエロページでダンススクールを探し、稽古に通い出したという。日本でダンスの基礎をしっかり習得していたため、先生からすぐに上級クラスへ移るように指示され、すぐにNYのスクールになじんでいった。
「当事は、本場NYのブロードウェイダンサーを見てみたい、世界の頂点NYで自分の実力を試したい、と意気揚々でしたね。何をやっても楽しく、翌朝が来るのが待ち遠しかった。貪欲にNYの街とダンスを吸収していきました」

活気に満ち、自由な空気が流れる70年代のNYは、多くの可能性を秘めていた。若い茶谷氏には絶好の場だったといえよう。もちろん、ダンス界も日本とは違う。形式やテクニックにとらわれず、表現力や創造力を重視する自由な風潮がある。日本では、「教えてもらったことをキチンとできる」自信があったという茶谷氏だが、NYに来て、それを「いかに自分のものにしていくか」という面をトコトン学んでいった。

茶谷正純さん photo by Johan しかし、生活はたやすくない。当事、日本から持ち出せた現金千ドルは、稽古代や家賃であっという間に消えていく。残額が40ドルになった時に、彼は「掃除をします」という広告を出した。
「時給3ドルの掃除の仕事を2つ見つけました。でも一件は厳しくてね。奥さんがペーパータオルを持って後ろに立ってるんです。『はい、水を替えて!』としごかれましたよ(笑)」

 その後Richard Englund Repertory Companyに入団するも、生活は綱渡り状態。 「当事の僕のランチは1ドル。ハンバーガー&コーヒーがお決まりのメニュー。でも、給料日の木曜だけは、1ドル50セントのツナフィッシュサラダ・サンドイッチが食べられました(笑)」

それでも、当事の生活をつらいと感じたことは全くなかったという。一日中好きな踊りができること。それだけで幸せだった。渡米後7年間日本には帰らず、NYのダンスの世界にのめりこんでいった。



 アルヴィンエイリー氏との出会い
「世界で君は一人しかいない。自分を大切に個性のあるダンスをすべき」


  アルヴィンエイリーに入団したのも偶然であり、必然であったようだ。当時の友人がアルヴィンに入団。彼の契約のやりとりの通訳として同席したのがきっかけだった。
「たまたま、引き出しに入っていたNYタイムズ紙のRichard Englund Repertory Company公演レビューがアルヴィンの目にとまったんです。『オーディションを受けてみないか』と声をかけられ、その後、すぐに採用が決まりました。 入団の際に、『You are an addition to the company (君はカンパニーへの新メンバーだ)』という言葉をアルヴィンから頂きました。誰かの代理じゃない。僕という人間を認めて受け入れてくれた、という事実が 嬉しかったですね」

  体格がいいアフリカンアメリカン達が中心の同カンパニーで踊ることは、難しい面もたくさんあった。しかし、「世界で君は一人しかいない。自分を大切に個性 のあるダンスをすべき」というアルヴィン氏の考えに大きくインスパイアされたという。「静の中に動を創造したり、日本人の心を表現したり…。僕だからできる僕の個性を出せる踊りを追求しました」と茶谷氏。 


 その後、アルヴィンエイリーで、15年間ダンサーとして活躍。カンパニーにとって不可欠のトップダンサーとなった1986年に、彼は引退を決意する。 「自分の想いが全身で表現できる絶対的な自信があるクライマックスでやめたかったんです」。ダンサー引退後はNYで習得したノウハウを日本で教えるつもり であった茶谷氏だが、アルヴィン氏の強い意向によってカンパニーに留まることになった。

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■アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアター
Alvin Ailey American Dance Theater
403 West 55th Street (at 9th Avenue)
New York, NY 10019
http://www.alvinailey.org/

■茶屋正純さん 略歴
1970年
NYへ渡米。
その後Richard Englund Repertory Company に入団
1972年
アルヴィンエイリー・アメリカンダンスシアターに入団
1986年
カンパニーのアシスタント・リハーサル・ディレクターに従事
1988年

カンパニーのリハーサル・ディレクターに昇進

1991年 -現在
カンパニーのアソシエイツ・アーティスティック・ディレクターに任命
■演出、再演出したプログラム
Flowers for the State Ballet of Missouri (1990)
The River for the Royal Swedish Ballet (1993)
Ballet Florida (1995)
National Ballet of Prague (1995)
Pennsylvania Ballet (1996)
Colorado Ballet (1998)

The Mooche, The Stack-Up, Episodes, Masekela Langage, Bad Blood, Hidden Rites, Urban Folk Dance and Witness

For “Bird” - With Love for a “Dance in America” program: Steps Ahead

Night Creature for the Rome Opera House and The River for LaScala Ballet (2000)

The River for North Carolina Dance Theater and for Julio Bocca’s Ballet Argentina (2003)

Flowers and The Road of the Phoebe Show