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■茶谷正純さんのサクセスストーリー

正しいときに、正しい場所に居ること

 「ダンスは僕の人生のパーツの一つ」と茶谷氏は言う。ダンスだけに一生を捧げるのも一つの生き方。でも、茶谷氏は、ダンスだけでなく、色々な側面の自分を大切にする。ダンスから離れた自分も客観的に見つめ、人生の可能性を広げるしなやかな生き方が彼らしい。

 「英語で 『In the right place at the right time (正しいときに、正しい場所に居る)』 という言葉があるけど、まさに僕の人生はその通り。常に誰かの存在やサポートのおかげで今まで歩んでこれたような気がします。だから、僕も、自分が得た教訓や経験を、まわりの人達に分け与え、次の世代を支援していきたい」と語る。

今も日本に帰国すると、米国のダンス界の仕組みや現状について、日本の仲間と朝まで語り合うのだという。将来は、日本で、米国の非営利ダンスカンパニーの 運営ノウハウなどをボランティアで教えたいという。「自分のため」だけでなく、「他の人のために」という慈善の心を大切にする茶谷氏の優しさが伺える。

 

 

ニューヨークでサバイブする秘訣

 「ゴールに向かってフォーカスすることが一番。その次に大切なのは、自分らしさを磨くこと。心を開くと、まわりにある色々なものが見えてくる。自ら選択・体験しながら、自分のテイストを醸成することが大切ですね。特にNYは競争の街だから、しっかり自己や個性を確立しておかないと、自分を見失ってしまいます」

「あとは、愚痴を言える友達を持つことかな。一人でこもるのはよくない(笑)。失敗してもクヨクヨせずに、同じ失敗を繰り返さないように、新たな一歩を踏み出さなくては」

現在も過密なスケジュールをこなす茶谷氏。貴重な休暇時は何をしているのだろう?
「ハワイに行っているんです。でもビーチには行かず、仕事してるんですよね…」

そう微笑んで「こういうことをしてるんですよ」とデスク上にあるノートを開いてくれた。
そこには、一人一人のダンサーのプログラムのキャスティング・ディテールやスケジュールが、何百ページにもわたり、細かい字でビッシリ書き込まれている。目が眩みそうな細かい作業だ。
2〜5月の北米ツアー後、夏は3週間パリで講演。その後、欧州でのツアーなど、2010年まで、すでに予定はビッシリ詰まっているという。

「若さを保つ秘訣?若いダンサーたちと一緒にいることかな。彼らは色々なことを教えてくれる。楽しいですよ」

まだまだ、彼のフォーカスは鋭敏で、みなぎる情熱とともに、夢は膨らんでいく。

【2009年1月 取材/文 吉藤美智子】

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■茶屋正純さん 略歴
1970年
NYへ渡米。
その後Richard Englund Repertory Company に入団
1972年
アルヴィンエイリー・アメリカンダンスシアターに入団
1986年
カンパニーのアシスタント・リハーサル・ディレクターに従事
1988年

カンパニーのリハーサル・ディレクターに昇進

1991年 -現在
カンパニーのアソシエイツ・アーティスティック・ディレクターに任命
■演出、再演出したプログラム
Flowers for the State Ballet of Missouri (1990)
The River for the Royal Swedish Ballet (1993)
Ballet Florida (1995)
National Ballet of Prague (1995)
Pennsylvania Ballet (1996)
Colorado Ballet (1998)

The Mooche, The Stack-Up, Episodes, Masekela Langage, Bad Blood, Hidden Rites, Urban Folk Dance and Witness

For “Bird” - With Love for a “Dance in America” program: Steps Ahead

Night Creature for the Rome Opera House and The River for LaScala Ballet (2000)

The River for North Carolina Dance Theater and for Julio Bocca’s Ballet Argentina (2003)

Flowers and The Road of the Phoebe Show